次はことばの話です。ことばもたいてい理にかなった形状をしています。料理のレシピを例に考えてみましょう。
レシピの多くは,料理の写真,材料の一覧,そして料理手順を示した各部が組み合わさってできています。これは,料理という一定の作業を原因・プロセス・結果という事態の流れに分割して示すからです。材料一覧は,料理の行為を可能にする前提条件を示しているので,原因に当たります。そして,料理手順はプロセスに,料理の写真は結果にそれぞれ相当します。
レシピの特徴は,この原因・プロセス・結果の流れをそのまま時間的順序にしたがって提示するのではなく,たいていは――特に紙媒体のレシピは――結果→原因→プロセスの順で提示するところにあります。では,なぜこの順序で示すのでしょうか。
レシピは結果志向の強いテクストです。出来上がりの写真(=結果)を目指すべきゴールとして先に示し,そこに至るために必要な材料と手順をその後に示します。この順序は,読者の都合からすれば必然です。
私たちは,あり合わせの料理を工夫する場合を除けば,ふつう保存した食材から可能な料理を考えるのではなく,献立を考えてからそれに合わせて買い物をします。だから,今日のおかずは何にしようかと考える際に,ゴールに当たる料理の名前と写真が先に提示されているほうが検索しやすいわけです。また,おいしそうな出来上がりを示すことは,料理をがんばって作る動機づけにもなります。そのような理由で,レシピはたいてい結果→原因→プロセスの順を踏むのだと思います。
このように,レシピの構成は読者の側の必要に裏付けられています。モグラの形態に生息環境の裏打ちがあることとどこか似ていませんか。ことばのかたちにも,しばしば必然が宿るのです。
もっとも,すべてのテクストがレシピのようにわかりやすい構造をしているわけではありません。ときに,なんじゃこれは?と疑いたくなる奇抜なテクストも存在します。しかし,そのような奇抜さにも必然的な理由がしばしば隠されています。料理つながりでグルメ漫画のせりふを例に取って考えましょう。
グルメ漫画のヒット作『美味しんぼ』には,こんなセリフが出てきます。
(2)むうう、すごい酒だ! 人間の持つ味覚のつぼ、嗅覚のつぼ、そのすべてに鮮烈な刺激を与えて、快感の交響曲が口腔から鼻腔にかけて鳴りひびく……
(雁屋哲・花咲アキラ『美味しんぼ』57集)
これは,吟醸酒の味わいについて登場人物が語ったセリフですが,私たちの日常の経験に照らし合わせると,あまりに現実離れしていると言わざるをえません。日常の食卓では,「うまい」「おいしい」ですませることが多いからです。しかし,この漫画ではこのように饒舌な味覚表現がたびたび顔をのぞかせます。
では,本来なら不自然なはずの表現がなぜ,この漫画では使われるのでしょうか。しかも,シリーズで1億冊以上も売り上げた事実に鑑みれば,読者はこのような表現を支持したと考えるべきです。不自然にもかかわらず,読者に受け入れられたのはなぜでしょうか。きっと理由があるはずです。(スミマセン,もう紙数オーバーです。答えは連載中にお伝えします。)
モグラの特徴的な形態に生息環境の理由があったように,テクストの形式的な特徴には,そのことばが発せられた状況(=コンテクスト)がしばしば裏付けとして存在します。だからこの連載では,テクストを前にしてまず観察し,その形式的特徴についてなぜだと問いかけ,そしてその問いに対しコンテクストの裏付けをもとに答える,そういった分析の手法を試してみようと思います。
扱うデータは,コンピュータ・ゲームの『ドラクエ』と『ハリー・ポッター』シリーズに出てくる呪文,エッセイや漫画・小説における味覚の表現,女性雑誌に見られる婉曲表現,ハリウッド映画におけるキャラクタ設定やプロット構成,そして漫画・アニメの翻訳などです。
さまざまなジャンルにおけるテクストを取り上げ,当該のテクストがなぜ特定の特徴を持ち合わせているのかについて考えます。テクストについての「なぜ」と「なるほど」を追い求める,そんなテクストの博物誌を目指そうと思います。
あらためまして,談話研究室にようこそ。よろしくお願いします。