前回抽出した『ドラクエ』呪文の特徴は次の通りです:
(28) ① 真性型呪文である ② ことば遊びがある ③ 短い ④ オノマトペ(擬音語・擬態語)の語感を利用している ⑤ 類似する呪文に階層性がある
『ドラクエ』の呪文が,呪文の種類ごとに異なる真性型であるのは,この呪文がゲームを操作するためのコマンドでもあるからです。「アブラカダブラ」のようにひとつで何でもこなす普及型呪文では,どの魔法を使いたいのか指定できません。それでは用をなさないのです。
②のことば遊びは,『ハリー・ポッター』のラテン語もどきのように全体にわたって徹底されたものではありませんが,いくつかの呪文に見受けられます。たとえば,「マホカンタ」は「魔法」+「カウンター」というのが由来らしく,敵の呪文を跳ね返します。「マホウカウンター」ではなく「マホカンタ」と少し短く,そして少し分かりにくくしてあるのが味噌です。
「ホイミ」は生命力(敵にやられると下がっていく)を回復させる呪文です。「休み」の「休」の字を「イ」と「ホ」に分割したうえで順序を逆さにしたようです。
呪文作成にことば遊びという指針があることは,『ハリー・ポッター』の呪文でも見たように,テクスト作成者にとって都合がいい。何の指針もなく訳の分からないことば(呪文)をたくさん作るのはむずかしいからです。
と同時に,ことば遊びの利用はテクストの受容者であるプレーヤにとっても利があります。円滑にゲームを進めるためには,どの呪文が何を引き起こすのか知っておかねばなりません。呪文にことば遊びという由来があれば,呪文の意味を覚えやすいのです。
次は,③の呪文の短さについてです。短いほうが覚えやすいという事情のほかにも,理由があります。
前回の(26)に挙げた呪文は,「メラ」「メラゾーマ」「ヒャダルコ」のように,すべて5文字以内に収まります。明らかに字数制限が課せられています。『ドラクエ』では,敵と対戦するとき「じゅもん」というコマンドを選択すると,画面にプレーヤが使える呪文が一覧で表示されます。その際,長い呪文は具合がよろしくない。スペースがたくさん必要ですし,読むのに時間がかかります。
なかでも初期作品は任天堂ファミリーコンピュータのソフトウェアでした。そこでは使用できるメモリがとても少なく,字数に対する制限も厳しかったのです。
シリーズ第6作以降では,「コーラルレイン」や「ギガジャティス」のように7文字の呪文も登場します。しかし,ハードの性能が向上して使用できるメモリが増えても,字数の制限(7文字)は依然として存在します。この辺り,小説『ハリー・ポッター』とは事情を異にします。
実際,ゲーム画面に表示される文字列を想起するなら,短い呪文がいいことは明白です。たとえば『ドラクエ』では,呪文を習得したり唱えたりしたとき,画面には以下のような表示が現れます(どちらも前掲書『冒険の歴史書』より引用)。
(28) a. メラの じゅもんを おぼえた! (『ドラゴンクエストⅣ』) b. ナインは バギマを となえた! (『ドラゴンクエストⅨ』)
このとき字数の多い呪文は不適当です。「ナインは ウィンガーディアム レヴィオーサを となえた!」だと,やたらスペースが必要です。しかし,画面の大きさには限りがあります。 要は,呪文が短いことも,ことば遊びが見られることも,そして,真性型呪文が用いられることも,コンピュータゲームの呪文であるという事情を考慮すると,すべて納得行くのです。
(28)の残りの特徴,④オノマトペ的な語感を利用している,および,⑤類似する呪文に階層性がある,については次回に考えます。では,2週間後にお会いしましょう。