辰年になったからという訳ではありませんが,『ドラゴンクエスト』の呪文についても考えてみましょう。『ハリポタ』のあとは『ドラクエ』です。
『ドラクエ』は,コンピュータゲームの人気シリーズです。1986年に第1作『ドラゴンクエスト』が発売されて以来25年あまり。今では日本だけでなく世界的にヒットしています。2009年に発表された『ドラゴンクエストⅨ:星空の守り人』は,累計出荷本数で530万本を突破しました。
『ドラクエ』は,プレーヤが主人公となって冒険と戦いを繰り広げるロールプレーイングゲームです。たとえば,第1作目ですと,世界を絶望に陥れる竜王を倒すため,「選ばれし」勇者であるあなたは,竜王の手下と戦って経験値を上げ,隠されたアイテムを探し出す。そして,物語の最後に竜王と相見える。そういうゲームです。
敵と戦うときには魔法が使えますが,その呪文が秀逸なのです。
ただ,白状しますが,私は『ドラクエ』で遊んだことがありません。取り扱うデータに深く沈潜したことがないのは,談話研究者として恥ずかしいかぎりです。
そこで,今回,この文章を書くにあたり,『ドラクエ』デビューを目論みました。やはり,フィールドワークはとっても大切ですから。
ですが,性格からしてゲームにハマるのは目に見えています。仕事は結構忙しいですし,いい年をしたオヤジが何を今さら『ドラクエ』?と周囲は冷ややかな反応。で,この微妙なプレッシャーに負けてしまい,あえなくデビューを逃してしまいました。
閑話休題。
前置きが長くなりました。『ドラクエ』シリーズに出てくる呪文の観察からはじめましょう。第5作目あたりまでの呪文を中心に扱います。比較的初期の呪文のほうが,その体系と制約が見えやすいからです。コマで区切ったひとつひとつが呪文です。『ドラゴンクエスト25thアニバーサリー:冒険の歴史書』からおもなものを抜粋します。
(26) a. 攻撃呪文: メラ,メラミ,メラゾーマ,ギラ,
ベギラマ,べギラゴン,ヒャド,ヒャダルコ,
ヒャダイン,マヒャド,ライデイン,ミナデイン,
ギガデイン,ドラゴラムb. 回復呪文: ホイミ,ベホイミ,ベホマ,ベホマラー,
ベホマズン,キアリーc. 補助呪文: ラリホー,ラリホーマ,マホキテ,マホカンタ,
メダパニ
呪文の意味は適宜説明することにして,まずは,(26)に挙げた呪文を『ハリー・ポッター』の呪文と比べてみましょう。
(27) Petrificus Totalus(ペトリフィカス・トータラス), Expelliarmus(イクスペリアーマス), Expecto Patronum(イクスペクトー・パトローナム), Wingardium Leviosa(ウィンガーディアム・レヴィオーサ), Obliviate(オブリヴィエイト), Reparo(レパーロ), Finite Incantatem(フィニーテ・インカンテイタム), Alohomora(アローハモーラ), Lumos(ルーモス)
『ドラクエ』の呪文が,『ハリポタ』のそれと共通する部分は,①真性型呪文である,②ことば遊びがある,ところです。そして,異なるのは,③短い,④オノマトペの語感を利用している,⑤類似する呪文に階層性がある,という点です。
この特徴はどのような動機に支えられているのでしょうか? この連載の第1回で考えたことですが,モグラの形態的特徴がその生息環境に適合していたように,『ドラクエ』の呪文はコンピュータゲームというジャンルに見合ったものではないでしょうか。次回以降で考えてみましょう。