毎年6月に開催されてきた「国際商業学校コンテスト」ですが、この年(1942年)は開催が見送られました。前年1941年12月7日、日本軍はハワイ真珠湾を奇襲攻撃し、米日が開戦してしまったからです。アメリカ西海岸への日本軍来襲の可能性が、まことしやかに噂され、戦時下の重苦しい雰囲気が、いやが上にも漂っていました。そんな中、ドボラックは1942年7月3日、アメリカ海軍予備隊に入隊しました。
ドボラックが配属されたのは、訓練用映画の制作部でした。ここでドボラックは、1943年末までに、少なくとも8本の映画(いずれもモノクロ16mmトーキー)を制作しています。以下に制作番号順に示します。
- MN-1512a『Basic Typing ― Methods』(31分)
- MN-1512b『Basic Typing ― Machine Operation』(29分)
- MN-1512c『Advanced Typing ― Shortcuts』(26分)
- MN-1512d『Advanced Typing ― Duplicating and Manuscript』(37分)
- MN-1513『Maintenance of Office Machines』(37分)
- MN-1562a『Machine Transcription ― Machine Operation』(15分)
- MN-1562b『Machine Transcription ― Transcription Technique』(21分)
- MN-1562c『Take a Letter, Please』(22分)
ドボラックは、これら8本の映画にフェントンを起用しました。最初の『Basic Typing ― Methods』では、タイピングの姿勢から始めて、ASDFとJKL;の「home row」をフェントンに説明させています。AOEUとHTNSではなく、ASDFとJKL;です。そう、この映画でドボラックは、ドボラック式配列ではなく、QWERTY配列の「L. C. Smith Super-Speed」と「IBM Electromatic」を使って、タイピング法を基本から説明しているのです。
次の『Basic Typing ― Machine Operation』でも同様です。この映画でフェントンは、毎分25ワードから180ワードまで、スピードを変えて「IBM Electromatic」を叩くデモンストレーションをおこなっているのですが、そこでもキー配列はQWERTYです。ただし、このデモンストレーションは非常に不思議なもので、フェントンは「E」や「R」のキーを全く押しておらず、また、打たれた文章はスクリーンの外にあって見えません。その次の『Advanced Typing ― Shortcuts』でフェントンは、複数のタイプライターでタブ機構を説明していますが、いずれもQWERTY配列です。『Advanced Typing ― Duplicating and Manuscript』では、ガリ版の元原稿をタイプライターで打つシーンが出てきますが、やはりQWERTY配列です。
『Maintenance of Office Machines』は多少、毛色が違っていて、タイプライターのメンテナンス方法について紹介する映画です。ただし、海軍の訓練用映画だけあって、最後のナレーションがなかなか刺激的です。
事務機器を十分にケアし、それらを注意深く使うだけで、あなたは今も対峙している敵を、打ち負かす希望を持つことができます。敵は、あなたの事務機器を破壊し、あなたの仕事を遅滞させ、あなたの能力をダウンさせようと懸命です。あなたが全力で戦うべき敵、それは、ほこり、汚れ、そして不注意です。
(オーガスト・ドボラック(9)に続く)