「株式会社 不謹慎」(補遺第54回参照)のM社長から携帯メールが届いた。「先生,『はすっぱ』って,どういうことですかね?」
聞けばいま某所で,某外国人女性に「おめえ,はすっぱだな」と声をかけたところ「ハスッパ,ナニ?」と問われ,説明に窮したという。このような質問も放ってはおけないのが社外役員のつらいところである。
「はすっぱ」とはどういうことか? 辞書には「下品な女のさま」としか載っていない。だがたとえば,四六時中騒がしく,公共の場でも自分や仲間のことしか考えず,出物腫れ物所嫌わずで通す,そんな下品な女を「はすっぱ」とは呼ばないだろう。「はすっぱ」は確かに下品だが,その下品さはそこまでのものではない。
それに何より重要なことは,「はすっぱ」な女は美人,少なくとも『女』が感じられるということである。生物学的には女性だが,中性的で『女』が感じられない人物が下品であったとしても「はすっぱ」とは言わない。ここには『女』と「品」の結びつきが関わっているようである。
『男』と「格」の高さが結びつきやすく,『女』と「品」の高さが結びつきやすいということは,既に発話キャラクタ(つまり話し手のキャラクタ)について確認済みのところである。たとえば,『神』キャラであっても『女神』なら「~です」「~ます」と丁寧調でしゃべってもおかしくないように,発話キャラクタとして「『男』は『女』よりも「格」が上」とイメージされがちである。そして,「げっへへ」のような「下品」な笑いは『男』を思わせるように,発話キャラクタとして「『女』は『男』よりも「品」が上」にイメージされがちである(補遺第41回)。
また,同じことは表現キャラクタ(表現される人物のキャラクタ)についても確認済みである。たとえば「貫禄」「風格」「堂々」「恰幅」「押し出し」「重厚」のような「格」の高いことばは『女』よりも『男』を思わせるように,表現キャラクタとして「『男』は『女』よりも「格」が上」とイメージされがちである。さらに,「しとやか」「優雅」「優美」といった「品」の高さを思わせることばが『男』よりも『女』の表現であるように,表現キャラクタとして「『女』は『男』よりも「品」が上」とイメージされがちである(本編第64回)。
発話キャラクタや表現キャラクタと同じように,キャラクタのラベルについても,「『女』は『男』よりも「品」が上」とイメージされがちだと考えてみると,「はすっぱ」の意味がすっきりする。「はすっぱ」とは,『女』キャラが感じられるのに(典型的に言えば美人なのに),『女』ということから期待される「上品さ」に欠けている,但しその下品さは『女』を損なってしまうような,とことん下品といったものではない,ということである。
2012年に広島県が観光PR用に作ったキャッチコピーに「おしい! 広島県」というものがある。自虐的に「おしい」と一歩引くことで逆に注目を集める狙いがあるという。つまり「うちは,98点なんです」と言うことでその優秀性をアピールするやり方である。
「はすっぱ」ということばもこれと似ている。「おめえ,はすっぱだな」と言うM社長は,相手が『女』(典型的には美人)であることを認めて「おしい」と言っているわけである。以上の旨を私は早速,携帯メールで「答申」し,社長には我が意を得たりと納得してもらった。が,その後,98点方略が功を奏したのか,「はすっぱ」さんとどうなったかは聞いていない。