クラウン独和辞典 ―編集こぼれ話―

83 ドイツのお菓子(7)―ワッフル(2)―

筆者:
2010年3月8日

Waffelの話を続ける。しかしここでもう一つ気にかかることがある。辞書によってはWaffelに「ワッフル」の他に「ゴーフル」という意味をあてているものがある。極薄の軽い焼き菓子にクリームを薄くはさんだあのフランス菓子は、本格的なベルギー・ワッフルよりはるか以前に、風月堂のゴーフルとして日本人には馴染みがある。しかし両者は似ても似つかないように思われる。

実はフランス語のゴーフル(gaufre)は、オランダ語のワッフルからきた外来語である。中世ではフランス語は[w]の発音が苦手で、外来語に[w]があると[g]の音に替えていた。「ウィリアム(William)」という人名がフランス語では「ギョーム(Guillaume)」になったり、「戦争」ウォー(war)がゲール(guerre)になったりしたのが、よく挙げられる例である。

名称が言語史的に正確に対応しているように、フランス人がワッフルを勝手にあんな風に変えてしまったのではなく、実はワッフルの原形もあのゴーフルのような軽いビスケット風の焼き菓子であって、フランスのゴーフルの方が原形をとどめているようなのだ。

元々は、種を入れない小麦粉の生地を、熱した鉄板の上に薄くのばして焼き上げるだけのもので、その際に鉄板の凹凸で押し型の模様を付けたりした。その模様が独特の発達を遂げてワッフルが始まったようだ。ベルギー・ワッフルがああいう粉ものになっていく一方で、ゴーフルは薄焼きビスケットというかウェハース風の原形をフランス風に洗練させていったもののようだ。

それではワッフルがワッフルになる前の薄い焼き物は何と呼ばれていたかというと、Oblate「オブラート」と呼ばれたようだ。しかしそうなるとオブラートも今日私たちが知るものとは随分イメージが違う。今では薬局で特別に買い求める他は、ボンタンアメくらいでしかお目にかからないが、透明でパリパリして食べられるあの膜は、後から開発されたもので、もともとはウェハースのような薄い焼き物を水に浸して柔らかくし、薬を飲むために使っていたのだそうだ。

筆者プロフィール

『クラウン独和辞典第4版』編修委員 石井 正人 ( いしい・まさと)

千葉大学教授
専門はドイツ語史
『クラウン独和第4版』編修委員

編集部から

『クラウン独和辞典』が刊行されました。

日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。

(第4版刊行時に連載されたコラムです。現在は、第5版が発売されています。)