方言研究についての小さな国際会議がありました。3年ごとに開かれているので、前に会った人と再会して近況を報告しあうのも楽しみの一つです。2009年の開催地はスロベニアという、かつてのユーゴスラビアの北西の独立国です。初日の休憩時間に、見覚えのある女性がにこやかに近付いて来て、「リトアニアの方言区画のチョコレートです」と言って、板チョコをくれました。LIETUVAと書いてある箱をみると、地図の形のチョコレートは5個の地域に区切られていて、それぞれに名前が付いています。方言区画の地図はいくつかの国で市販されていますが、みやげもののチョコレートでは初めてです。【写真1、2】
(画像はクリックで拡大します)
6年前のリトアニアでの国際会議のときに方言区画に関係する発表をし、また主催者たちに小さなみやげものを持って行ったのを、覚えてくれていたのでしょう。G. Kaciuskieneさんでした。
幸いに日本の方言みやげが、ホテルに置いてありました。直前に札幌に行って、「とうきびチョコレート」を買っておいたのです。「標準語のトウモロコシを北海道ではトウキビと言って、それをみやげものの名前にも使っている」と書いて(口で言っても通じないからですが)、次の日にお返しに渡しました。
そのあとでチョコレートの箱の裏の説明をよく見たら、「歴史的な地域によって分割したリトアニアの地図」と書いてあります。日本からの他の研究者に言ったら、「現在の学問的な方言区画とは違うのではないか」とケチを付けられてしまいました。女性からチョコレートをもらって舞い上がってはいけないと、さとす意図もあったのでしょう。でもリトアニアの方言の専門家が言うのですから、歴史的な地域は国民の方言区画の意識と一致するのでしょう。
一般人の方言意識は、昔の政治的領域に支配されるようです。例えば日本でも青森県の人は「南部弁と津軽弁は違う」と言い、実際に江戸時代の旧藩の違いが影響を与えています。愛知県でも古い国の区分を使って「三河と尾張は違う」と言うし、広島県でも「備後弁と(安芸の国の)広島弁は違う」と言います。ドイツの方言の違いも中世の封建国家や、さらに昔のゲルマン民族の支配地域と結び付けて説明されます。リトアニアのチョコレートも、民衆の方言区画の意識を示すものと考えていいでしょう。
だとすると今のところ世界唯一の方言区画チョコレートという貴重品です。冷蔵庫で永久保存すべきでしょうか?
編集部から
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。