地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第68回 日高貢一郎さん:「津軽ひろさき検定」と方言

2009年10月3日

近年、全国各地で「ご当地検定」が盛んに行われており、人気を博しています。

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【「津軽ひろさき検定」の受験要項】
【写真1 「津軽ひろさき検定」の
受験要項】

そのひとつ、青森県の「津軽ひろさき検定」では、“シンボルキャラクター”として、「おべさま」という方言が活用されています。【写真1】
 「おべさま」は地元の方言で、〔もの知り〕という意味で、「さま」という敬称が付くことからもわかるように、尊敬の意味あいがあり、こういうご当地検定の合格者を言うには大変ふさわしい方言といっていいでしょう。

津軽人の性格や傾向を評した「津軽の三ふり」は、よく引き合いに出されます。
 「えふり〔=いいふりをする。見栄っ張り〕、あるふり〔=お金などがないのに、あるふりをする〕、おべだふり〔=よく知らないのに、知ったふりをする〕」の「おべだふり」には〔知ったかぶり〕という非難のニュアンスがありますが、「おべさま」はそれとは意味あいが異なります(「おべ」は「覚え」、「おべだ」は「覚えた」の転でしょう)。

「おべさま」は、弘前公園の桜として全国的に有名な、桜の花びらをベースに図案化してあり、もの知りの人のイメージを重ねて、ひげを蓄え、眼鏡をかけています。

【おべ博士のキャラクター】
【写真2 おべ博士のキャラクター】

ことしは第3回で、前回の第2回からは「中級」ランクもスタート。中級の合格者は「おべ博士」と呼ばれますが、これには角帽がのり、さらに立派なあごひげも加わっています。【写真2】

検定は、個人参加の他、4人ひと組のチーム戦(おべさまカップ)もあり、会場も、地元弘前の他に、東京会場も設けられています。また、合格回数積算制度もあって3回合格者は「おべさまマスター」に認定されるなど、参加しやすいよう、また何度でもチャレンジする意欲を引き出すよう、工夫や配慮がなされています。

この試験に備えるための『公式テキスト』も刊行されていますが、ことしからはさらに『津軽ひろさき・おべさま年表』も発行されるとのことです。
 初級(=おべさま検定)の試験終了後、検定問題に関する地域や施設などを巡り、検定の答え合わせをし、弘前を再発見する半日のツアーも用意してあります。

また、この検定合格者の知識をさらに有効に「観光ボランティアガイド」にも活用しており、そのうち、女性だけのボランティアグループの名前は「アパ・テ・ドラ」という由。
 一見、外国語のようですが、実は「アパ」は津軽の方言で〔奥様〕、「テドラ」は〔お手をどうぞ〕という意味だとのこと。ここでも方言がしっかり活用されています。

主催者によると、ゆくゆくは、子供たちを対象にした「ジュニア検定」や「上級」ランクの構想もあるとのことです。
 より詳しくは、「弘前観光コンベンション協会」電話0172-35-3131、URL http://www.hirosaki-kanko.or.jp/web/index.html などを参照してください。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 日高 貢一郎(ひだか・こういちろう)

大分大学名誉教授(日本語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと,“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986),「宮崎県における方言グッズ」(1991),「「~されてください」考」(1996),「方言によるネーミング」(2005),「福祉社会と方言の役割」(2007),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂 2013)など。

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。