『Machine Transcription ― Machine Operation』は、フェントンがディクタフォンの使用法を教授する映画です。続く『Machine Transcription ― Transcription Technique』では、実際にディクタフォンからの文字起こしをおこない、そのテクニック、特に一発起こしのテクニックを披露します。『Take a Letter, Please』では逆に、ディクタフォンに声を吹き込む際、注意すべき点を紹介しています。
ドボラックが制作した訓練用映画は、フィラデルフィアのド・フレーネス社(De Frenes & Company)が撮影・現像・編集をおこないました。リプリントは、ニューヨークのキャッスル・フィルムズ社(Castle Films)がおこない、そこから海軍の各基地に配給されると同時に、一般向けにも販売されました。けれども、映画のどこにも、ドボラック自身のクレジットは入っていませんでした。
ただしドボラックは、海軍でのドボラック式配列の使用を、あきらめたわけではありませんでした。アメリカ海軍予備隊では、1943~1944年にかけて、ドボラック式配列の優位性を確かめるべく、少なくとも4回の実験がおこなわれています。これらの実験によれば、ドボラック式配列はQWERTY配列に較べて、明らかに効率が良く、また、教育効果の高いキー配列だ、という結果でした。
さらにドボラックは、「もっと良いタイプライター・キーボードがある」(There Is a Better Typewriter Keyboard)という論文を、『National Business Education Quarterly』誌1943年12月号に発表しています。この論文は、ドボラック式配列の優位性をアピールする、ということ以上に、QWERTY配列への罵詈雑言に誌面の大半を割いています。海軍の訓練用映画で、QWERTY配列を使わざるを得なかったのが、よっぽど悔しかったのでしょうか。「もっと良いタイプライター・キーボードがある」から、少し引用してみましょう。
ショールズの最大の問題は、機械的なことだった。彼のタイプライターは動作が鈍かったので、連続して打たれる活字棒どうしが衝突しないよう、工夫する必要があった。彼は、単語中で一緒に使われる文字のうち、最も使用頻度の高い文字どうしが、円形にぶら下げられた活字棒の中で異なる四分円に入るよう、意図的に配置した。
またもや「異なる四分円に入るよう、意図的に配置した」という主張です。ただし、1942年の映画の字幕では、単に「使用頻度の高い文字」だったものが、この論文では「連続して打たれる」「最も使用頻度の高い文字」と、より具体化されていました。しかしながら、その論拠は、この論文のどこにも示されていなかったのです。QWERTY配列より「もっと良いタイプライター・キーボードがある」というドボラックの主張もむなしく、アメリカ海軍はドボラック式配列を採用しませんでした。
(オーガスト・ドボラック(10)に続く)