シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから―

第十三回:フィールドワークでの振舞い

筆者:
2018年4月13日

薪割りをする筆者。
このとき、使用してはならない家の主人の所有物である斧を使っている

筆者が初めてハンティのところへフィールドワークに行ったときには、彼らの家でどのように振舞えばよいのか、まったく知りませんでした。どのような服装をしたらよいか、どのような行為が無礼なのか、どこに座ればよいのか、誰と話してよいのか、生活のすべてが疑問でした。

彼らには日本人とは異なる習慣やマナーがあります。生活を送る上で男女の区別があり、性別によって、家の中・外で行ってはならない場所やしてはならない仕事等があります。また、信仰に関係することでは、女性が触れてはならないもの、食べてはならないもの等があります。例えば、クマの毛皮で作られた牽引(けんいん)具を使用したトナカイ橇(そり)に女性が乗ることは禁じられています。あまりハンティの風習を尊重しない若者にそそのかされ、筆者はその橇に乗ってしまったことがあります。そのときは、筆者は年配の方々に叱られ、浄化儀礼を行いました。そして、儀礼の際にはさらに男女の区別が厳しくなります。例えば、調査者である筆者は女性であるため、見ることのできない部分や触ることができない儀礼道具があります。

加えて、マナーやエチケットも日本とは異なっており、知らず知らずに無礼なことをしてしまっていることもあります。例えば、日本では目上の方の前を通ることが失礼とされていますが、ハンティでは後ろを通ることが失礼とされています。さらに、その地域のハンティ全体で共有している禁止事項もあれば、各親族や家で異なるような禁止事項や習慣もあります。


クマの毛皮の牽引具をつけたトナカイ

このような禁止事項やマナー違反がまるで網目のように生活のあちこちに張り巡らされています。一歩けば、その網目にひっかかってしまいそうで、なかなか自由に振舞うことができず、フィールドワーク当初は筆者もとても窮屈に感じていました。お世話になる家庭の奥さんは、親切に「分からないことがあれば、何でも聞いてください」と言ってくださいましたが、最初は何を聞けばよいのかも分からない状態でした。ことあるごとに筆者は叱られたり、嫌な顔をされたり、陰で文句を言われたりして、落ち込んだこともあります。

女性は家の裏側に行ってはならない。また、屋根に登ってもいけない

 フィールドワークにおいてこうしたことは、慣れないうちは、かなりストレスです。しかし、ハンティの振舞い方と同じことをして当然と思われているということは、裏を返せば、彼らは筆者を一時滞在の外国のお客さんではなく、ハンティの家に同じように一緒に住まう者として扱おうとしているということです。生活習慣の違いによって叱られるときは、大きなストレスを感じますが、現地の方々に表面的ではなく深く受け入れられているようで、嬉しくも感じます。

ひとことハンティ語

単語:Пуна!
読み方:プーナ!
意味:注いでください。
使い方:年長者がお茶を注いでもらいたいときに、このように言って若者に催促します。お茶を注ぐのは年少者の役割です。また、年少者は年長者やお客さんお茶が空になったら、とにかく注ぎに行きます。このとき「もう一杯いかがですか」と聞いてはなりません。不要な場合は、お客さんが断ります。

筆者プロフィール

大石 侑香 ( おおいし・ゆか)

東北大学東北アジア研究センター・日本学術振興会特別研究員PD。修士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

編集部から

今回でこの連載も第12回目を迎えました。第1回目に「自分と異なる文化を内側から深く理解するために、民族集団の中に実際に長期間滞在して調査をします」と大石先生がフィールドワークの説明をされていましたが、12回の連載を通じて、ハンティの人々の暮らしや考え方が少しずつ広く深く分ってきました。
読者の方々には自分の所属する文化以外をいい/悪い、便利/不便、効率的/非効率的などの価値観で判断するのではなく、様々な文化が世界にあるということを認識して興味を持っていただければ嬉しく思います。
連載はこれからも続きます。次回は4月13日を予定しています。引き続きご期待ください!