ハンティ語はロシア語とはまったく異なる言語です。ハンティ語はウラル語族フィン・ウゴル語派に属し、ロシア語はインド・ヨーロッパ語族スラブ語派に属しています。ハンティ語の方言は北と東、南の三つに分類されます。それぞれの下にはさらに細かい分類があります。方言は、発音やリズム、音の抑揚が違うだけでなく、単語や文法の違いもあります。筆者の聞き取りによれば、方言の違う人同士で話したとき、お互い理解できることもあれば、ほとんど分からないこともあるそうです。
筆者がはじめて調査したヌムトという場所では、北の方言(カズィム方言やシュルィシカル方言など)を話すハンティと東の方言(スルグト方言など)を話すハンティ(以下、北ハンティと東ハンティ)が居住していました。さらに、マンシと森林ネネツ(森林方言を話すネネツとツンドラ方言を話すネネツがいます、以下森林ネネツとツンドラ・ネネツ)も一緒の地域で暮らしていました。それぞれのあいだで通婚しているため、妻が東ハンティで、夫が森林ネネツの世帯というような民族間・方言間の結婚も珍しくありません。こういった場合は、妻と夫のどちらか、または両方が相手の言語を理解し、話すことができます。あるいは、互いに相手の言語を知らないためロシア語で会話するということもあります。前者の子供達は、両方の言語を理解することができます。乳幼児期に母親と話すことが多いため、どちらかというと母親の言語が得意という傾向があるようです。後者の多くは町や都市で暮らす世帯であり、子供達もロシア語を話します。筆者が出会ったある北ハンティとツンドラ・ネネツの家族では、普段の夫婦間・親子間のコミュニケーションはロシア語でとられていました。けれども、両親がそれぞれの言語を子供に教えたため、彼らは北ハンティ語もネネツ語も聞いて理解できるようになったそうです。
また、隣人間でも互いの言語が分からない場合は、ロシア語を使用したり、誰か分かる人にあいだに入ってもらい通訳してもらったりします。また、いろいろな場所から、いろいろな言語を話す人々が集まるイヴェントや祭りなどでは、皆の共通言語はロシア語になります。現在のハンティにとってたいへん重要なクマ送り儀礼には、現在ではさまざまな言語を話す人々が集まります。これらは無論ハンティ語ですべて執り行われます。儀礼においてクマや土地の精霊の歌は非常に重要です。しかし、これらを歌うことができる古老は、現在では片手で数えるほどしかいません。その地域に儀礼の歌を歌える者がいない場合、別の地域の人を招きます。したがって、歌い手達はその地域の方言を話さないため、儀礼の歌を歌ってもらうものの、実は地元の人は意味がよく分かっていないこともあるそうです。
ところで、筆者が初めてフィールドワークに行ったとき、町で最初に出会ったハンティの一家は北の方言のひとつであるカズィム方言を話しました。また、それ以前に手に入れていたハンティ語の教科書と辞書も偶然にもカズィム方言のものだったので、流れのままに最初にカズィム方言を学びました。発音や単語、文法を少し頭に入れた頃、初めて本格的に村から遠く離れたヌムトに行き、調査に入りました。多少はハンティ語が分かるかと自負していましたが、実際にはまったく分かりませんでした。上述したとおり、ヌムトにはいろいろな言語や方言を話す人々がいたからです。一度に複数の言語・方言を学ばねばならなくなり、正直に言うと、ハンティ語学習へのモチベーションはすっかり下がってしまいました。情けないですが、結局、最初はロシア語のみを使用して調査を行いました。
ちなみに、毎回の「ひとことハンティ語」では、カズィム方言とシュルィシカル方言の二つを適宜使っています。私が現地で実際に覚えたり使ったりしたときの方言のまま紹介しています。
ひとことハンティ語
単語:Ма потәрӆәм хӑнты йӑсәнңа.
読み方:マー ポタルスム ハンティ イアスンナ。
意味:私はハンティ語を話します。
使い方:「ハンティ語」は、хӑнты йӑсән (ハンティ・イアスン)といいます。例文では、「ハンティ語で」というように活用しています。堂々と例文のように言うことができるように、勉強を続けていきたいです。