シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから―

第二十九回:採集活動② ベリー摘み

筆者:
2019年11月8日

船外機付きのボートで出かける(2018年8月スィニャにて筆者撮影/以下同)

夏から秋にかけてシベリアの森や水辺にはたくさんのベリーが実ります。地元の人々は、歩いてベリー採集に行くこともあれば、船外機付きのボートや車で離れたところにある森に行き、ベリーを摘むこともあります。ベリーの最採集時期には、数日に一回摘みに出かける人もいます。2018年8月の西シベリア調査ではホームステイ先のダリアさん(仮名)とそのお隣に住むご夫婦と共にベリー摘みに行きました。

森で見られる野生ベリーは十種類以上ありますが、地元の人々はいくつかの種類のベリーを摘んで食用にします。スィニャ川周辺地域では、7月に湿地に生えるホロムイイチゴ、8月から9月には森の日当たりが良い場所に生えるクロマメノキの実、9月以降は森の木々の下に生えるコケモモを採ります。その他、スグリの実やビルベリー等を採る人もいます。今回は、クロマメノキの実を主に採集しました。

よく晴れた日に、午前11時くらいにオブゴルト村を出発しました。隣家のご主人が船外機付きのボートを運転してくださいました。ダリアさん世帯はボートを持っていないので、どこかに行くときには、親戚や知り合い等にお願いします。ボートで20分ぐらいスィニャ川を遡り、昨年と同じ採集場所へ行くために、支流の小さい川に入ります。筆者には森はどこも同じように見えます。どのように見分けているのか尋ねると、隣家のご主人が川から森を見るときは地形や特徴的な自然を目印にすると教えてくれました。今回は、「背の高い3本の木」を目印にしていたそうです。

スィニャ本流から小川に入る

川辺には船着場等はないので、まず陸に上がるのに緊張します。水辺の草の根元を踏みながら水に落ちないように進んでいきます。上陸すると低木の林があります。低木林にも針葉樹の森にも、どこにも獣道すらないので、木々を払いながら内陸に上ります。すると今度は、どこまでも続く針葉樹の森があります。ここをかき分けて進み、クロマメノキが群生しているところを見つけて、各自ベリーを採集します。

森の奥に入っていく

地面にしゃがんで、手で摘んでバケツに入れていきます。一人当たり、バケツいっぱいになるまでベリーを摘むのが目標です。摘みながら、自分の口へも運びました。新鮮な甘酸っぱい味と香りがします。ずっと下を見て夢中になってベリーを摘んでいると、仲間の姿が見えず、自分がどこにいるのか分からなくなります。そういったときは叫んだり、名前を呼んだりして互いの位置を確かめ合います。普段あまり人の入らない森の中は、地元の人でも迷います。

また、村や集落から遠い森でベリーを摘む際には、犬を連れて行きます。迷子になったときには見つけ出して仲間のところに案内してくれます。さらに、犬はヒグマが人に近づけば吠えて知らせてくれたり、狩猟の手伝いをしてくれたりもします。犬自身も森の中を駆け回り、主人と共に獲物を追って、とても楽しそうにしています。

犬の周りにあるのがクロマメノキ

正午くらいから摘み始めて、午後2時前に休憩をしました。遠くの森へベリー摘みに行くときは、軽食を持って行きます。各自持ち寄った塩漬け魚やサラミ、ゆで卵、ゆでジャガイモ、パン、菓子、砂糖入り紅茶を囲んで、みんなでおしゃべりします。住居周辺の森で採集する場合は、一人で行くこともありますが、ベリー採集に森に入るときには必ず複数名で行動します。採集の効率や安全・安心だからという理由もありますが、こうして清々しく晴れた日に家族や友人たち、近所の人々とおしゃべりをしたり、軽食を囲んだりして、ベリー採集に出かけることは、ピクニックのような楽しさがあります。また、冬が長く、冬の日照時間がとても短いこの地域では、暖かい日に日光を浴びながら森の中を歩くこと自体が、私たちが考えるよりもずっと貴重です。だからこそたいへん開放的で気持ちの良い気分になります。彼らにとって、食糧としてのベリーも重要ですが、採集活動を通して、こうしたひとときをみんなで共有することも大きな喜びです。

休憩の様子

休憩後ベリー摘みを再開し、午後3時半にはバケツの8割くらいまでベリーを採集できました。帰宅後、働き者のダリアさんはすぐにベリーから草や虫などのゴミを取り除き、ついでに採集したキノコの処理をしました。クロマメノキの実は腐り易いためすぐに冷凍するか、ヴァレーニエというジャムのような保存食にします。このように、夏・秋に順々に実るベリーをたくさん摘んで保存食を作り、冬の間中楽しみます。

帰宅後すぐにベリーとキノコのゴミを取り除く

ひとことハンティ語

単語:Урты рых воньщиты мосәӆ.
読み方:ウルトゥイ ルィフ ヴォニシトゥイ モサル。
意味:コケモモを採らなきゃ(採る必要がある)。
使い方:ルィフрыхが「ベリー」で、ウルトゥイуртыが「赤い」を意味します。урты рыхで「コケモモ」を意味します。

筆者プロフィール

大石 侑香 ( おおいし・ゆか)

国立民族学博物館・特任助教。 博士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

編集部から

採集活動2回目の今回はベリー摘み。暖かな日差しの中で楽しむ光景はまるで絵本の世界のようです。確かにベリー摘みに夢中になっていると自分がどこにいるのか分からなくなりそうですね。次回の更新は12月13日を予定しています。