シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから―

第三十回:採集活動③ マツの実とイヴァン茶

筆者:
2019年12月13日

シベリアマツの実(2016年9月スィニャにて筆者撮影)

第28回ではキノコ、第29回ではベリーの採集について紹介しました。シベリアの人々はその他にもいくつかの植物を採集して食用にします。ハンティたちは、8月から9月にかけてシベリアマツ(露:Сосна сибирская кедровая)の球果(松ぼっくり)を拾い、そこから実を取り出して食べます。油脂が多くてカロリーが高いため、狩猟をしに森を歩きまわる人は実をポケットに入れて食べながら森の中を歩き回ります。球果はそのまま長期間保存できるので、食べるときに実を取り出してフライパンで乾煎りします。生でも食べられますが、煎ると香ばしさが増します。
 シベリアマツの実は、森に入れば簡単にたくさん拾うことができます。しかし、リスもこの実が大好きなため、人が拾いに行く前に先に彼らに実が食べられてしまい、空になった球果ばかりが落ちていることがあります。あるとき、筆者がトナカイ牧夫の子供たちと一緒に球果を採集しにシベリアマツが密生している森を歩いていたところ、木の上のリスが食べ終えた空の球果を筆者めがけて落としていきました。偶然かもしれませんが、おちょくられている気がして、悔しかったです。
 また、ハンティたちはヤナギランの葉を採集します。8-9月くらいに、葉と花を茎からしごき取るようにして採集します。これを乾燥させてから煮出すと、湯が赤茶色になります。ハンティたちはこれを紅茶の代用として飲みます。味も香りも紅茶とは似ていませんが、見た目がよく似ており、草っぽさが少なくて飲みやすいです。これは、ロシア語で「イヴァン茶」(露:иван чай)と呼ばれています。

ヤナギランの採集

このように、毎年ハンティはヤナギランを採集します。しかし、彼らはイヴァン茶が大好きかといえば、必ずしもそうではありません。むしろハンティは紅茶をより好み、食事の際には毎回必ず紅茶を飲む習慣があります。トナカイ牧畜の宿営地や森の中で暮らす人々は、村や町へ行ったさいに紅茶を大量に購入して持ち帰ります。村や町から100キロメートル以上離れた場所に暮らす人々は、紅茶の貯蔵がなくなっても、買い足しに行くことがなかなかできないため、紅茶が足りなくなったときのためにヤナギランの葉を採集して貯蔵しておきます。ハンティは砂糖を入れた熱く濃い紅茶を好みます。イヴァン茶を好んで飲むのではなく、あくまで紅茶が足りなくなったときのための代用品です。彼らは「しかたなくイヴァン茶を飲む」とまでは言葉にしませんが、食卓に紅茶がなく、イヴァン茶が出されると残念な気持ちになるそうです。

対して、現在のロシアの都市部では、イヴァン茶は健康食品として価値が付加され、スーパーや薬局、茶販売店で販売されています。イヴァン茶をベースにベリーやハーブを加えたより飲みやすくおしゃれな商品も数多く開発されています。都市部でこれらのおしゃれなイヴァン茶を試してみたときはとてもおいしいと感じていましたが、長いことハンティたちと一緒にいたせいか、最近では筆者も素朴なハンティのイヴァン茶やおしゃれイヴァン茶よりも、紅茶を好むようになりました。

ひとことハンティ語

単語:Хоты уӆӆәты?
読み方:ホトゥイ ウルラトゥイ?
意味:ご機嫌いかがですか?
使い方:挨拶をするときに使います。「Хоты(ホットゥイ)」は「どのように」「どのような」という意味です。直訳は「どのように過ごしていますか」です。

筆者プロフィール

大石 侑香 ( おおいし・ゆか)

国立民族学博物館・特任助教。 博士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

編集部から

リスがシベリアマツの球果を大石先生めがけて落としてくるシーンを想像してみましたが、リスは大石先生を見て、人間がいることを知って驚いて落としてしまったのかもしれませんね。次回の更新は1月10日を予定しています。