シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから―

第三十一回:治癒の方法① 凍傷になったら…

筆者:
2020年1月10日

二度目の軽い凍傷(2017年2月オブゴルト村にて筆者撮影)

西シベリアの森林地帯は、シベリアの中でも比較的冬の寒さは厳しくないほうです。しかし、それでもこの時期にはマイナス40度を下回ります。これまでに筆者は油断して何度か凍傷になりました。ハンティは現在では病院で現代西洋医療を受診して病気や怪我を治癒する一方で、独自の治癒に対する考え方や技術も持っています。筆者は、凍傷になったときに凍傷予防や治癒方法を教えてもらいました。今回はそれについて紹介したいと思います。

凍傷になったときは必ず冷たい風を受けたときでした。初めて凍傷になったのは、2010年1月に徒歩で漁撈(ぎょろう)に出かけたときでした。筌(うけ)を仕掛けた小川は家から4キロメートル離れていました。漁場に行くには、高い木が生えていない湿地を通らねばなりませんでした。風を遮る木がないところでは、風が強く吹きます。マイナス40度近い気温のとき、風を直接受けると、「冷たい」を通り越して、「痛い」と感じます。歯茎や頭蓋骨まで痛くなります。我慢して漁撈を終えて帰って一息つくと、その家の年配の女性に「顔が真っ白だ」と言われました。頬を触ってみると、冷凍した肉のような質感になっていました。

現地の方たちも凍傷にはなりますが、筆者よりも寒さに強い肌をしているようです。彼らは寒いと顔や手が赤くなりますが、筆者は白くなります。これについてあるハンティ人男性は、「寒いところに暮らす自分たちは皮膚の表面まで毛細血管が伸びていて血液が通っているから」と説明しました。一方筆者の場合は、毛細血管がそこまで伸びていないため、肌が白くなり、すぐに凍るのだと言っていました。

二回目の凍傷はスノーモービルで川の上を40キロメートル走った時でした。顔にはウールのストールで目以外を覆っていました。それでも風が頬に当たり凍りました。このときは前回よりもひどく、頬を温めて顔に血色が戻ってきたあと、翌日にはたくさんのマスカットのような水泡ができ、数日後それらが結合して破裂しました。その後、患部は黒くなり、黒い皮膚がはがれてはまた黒い皮膚が現れ、というのを帰国後も半年くらい繰り返しました。幸い皮膚の深いところまでは凍っていなかったようで、現在ではすっかり元に戻っています。

毛皮の帽子ストールで頭を覆う。さらにマフラーとストールを使い顔を覆ったが、トップの画像のようになった(2017年2月オブゴルト村にてロンゴルトフ氏撮影)

前述の人物によれば、凍傷を予防するには、手足の指先や鼻・耳などの体の末端にまで血液が行くようにすることが大切だそうです。我々は手足が冷えればこすり合わせますが、厳冬のシベリアで手足に血液が通うようにするには、その程度では効果はありません。両手でこぶしを作り、指先から第二関節のあたりを両こぶしで打ち付け合います。ゴツゴツと骨の音がするくらいに強く打ち付けます。両足も互いに打ち付けます。寒いと手足の感覚がなくなって思うように動かなくなるので、なるべく動かして刺激を与えます。また、手ではなくて、雪で頬や手をこすります。私の顔が白くなると、たいてい周りの方々が雪をつかんで私の顔をゴシゴシと強くこすってくれます。私はそのとき初めて自分の頬が雪よりずっと冷たくなっていることに気づきます。

そして凍傷になったら、急激に温めてはいけません。少しずつゆっくり温めます。まずは、雪で、その次に自分の手で頬を覆って温めます。当然手も冷えきっていますが、凍傷の患部よりは暖かいです。それから、ぬるま湯で温め、徐々に熱い湯にしていきます。

煤のついたやかんと鍋(2016年スィニャにて筆者撮影)

その後、皮膚が火傷のようになります。あるハンティの家で凍傷になったとき、鍋ややかんの底の煤(すす)を患部に塗りなさいと、言われました。しかし、それだけでは頬がヒリヒリとして痛かったので、私は勝手に煤の上から持参していたワセリンを塗りました。すると、次第に油脂で煤が皮膚になじみ、顔を洗ってもなかなか煤がとれなくなってしまいました。仕方なく、そのまましばらく黒い顔で過ごして、会う人々みんなに笑われていました。森に暮らすハンティの女性たちはほとんど化粧品を使っていませんが、とても肌が白くてきれいです。私の黒い顔と対照的で、余計に面白かったのだと思います。

 

ひとことハンティ語

単語:Ям хӑттәӆ.
読み方:ヤム ハットル。
意味:良い天気ですね。
使い方:よく晴れた日に使います。直訳は「良い日です」。Хӑттәӆは、「太陽」と「日」の二つの意味があります。

筆者プロフィール

大石 侑香 ( おおいし・ゆか)

国立民族学博物館・特任助教。 博士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

編集部から

凍傷、、、痛そうです。さて、煤を患部に塗るというのはどんな意味があるのかを大石先生にうかがったところ、「ハンティの呪術的な治癒方法だと思います。ハンティのところでは、灰や煤が『あたたかさ』の象徴となっているようです。似たもの(煤と暖かさ)を持ってくるという類感呪術、さらにそれを接触させる(患部に塗る)という感染呪術をあわせて使っています。」と教えてくださいました。ということは大石先生はおまじないをしてもらっていたのですね。
次回の更新は2月14日を予定しています。