タイプライターに魅せられた女たち・第87回

エリザベス・マーガレット・ベイター・ロングリー(12)

筆者:
2013年6月27日
Caligraph No.2

Caligraph No.2

ロングリー夫妻は、アメリカン・ライティング・マシン社の「Caligraph No.2」も扱うことにしました。ウィックオフ・シーマンズ&ベネディクト社は、「Remington Type-Writer No.2」に替えて「Remington Standard Type-Writer No.2」を発売したのですが、「Caligraph No.2」と「Remington Standard Type-Writer No.2」のどちらが良く使われるようになるのか、ロングリー夫妻には予測できなかったのです。「Caligraph No.2」は、大文字と小文字が全て別のキーになっていて、72個のキーを有するタイプライターでした。一方、「Remington Standard Type-Writer No.2」は、大文字と小文字が同じキーになっていて、38個のキーに加え、「Lower Case」(小文字への切り替え)と「Upper Case」(大文字への切り替え)がありました。

ロングリー夫人は、シンシナティ速記タイプライター専門学校での科目に、「Caligraph No.2」と「Remington Standard Type-Writer No.2」の両方を取り入れました。これらのタイプライターは、キー配列が全く異なっていたのですが、両手の人差指・中指・薬指・小指の全てを使う、というルールと、同じ指を連続して使うのは同じキーを連続して叩く場合だけ、というルールを、ロングリー夫人は徹底しました。たとえば「designed」という単語に対しては、「Caligraph No.2」では、左手中指(d)→左手人差指(e)→左手中指(s)→右手中指(i)→右手人差指(g)→左手人差指(n)→左手中指(e)→左手薬指(d)という運指を、ロングリー夫人は採用しています。同じ「d」であっても、前後の流れで、中指を使ったり薬指を使ったりするのです。あるいは「Remington Standard Type-Writer No.2」では、「designed」という単語に対して、左手人差指(d)→左手中指(e)→左手薬指(s)→右手中指(i)→左手人差指(g)→右手人差指(n)→左手薬指(e)→左手中指(d)という運指を、ロングリー夫人は採用しています。同じ「d」であっても、前後の流れで、人差指を使ったり中指を使ったりするのです。

ロングリー夫人は、「Caligraph No.2」用の運指教本と、「Remington Standard Type-Writer No.2」用の運指教本を執筆し、シンシナティ速記タイプライター専門学校での教材として使いました。また、1883年5月には、これらの教材を、1冊50セントで販売しはじめました。

「Caligraph No.2」のキー配列(左)と「Remington Standard Type-Writer No.2」のキー配列(右)

「Caligraph No.2」のキー配列(左)と「Remington Standard Type-Writer No.2」のキー配列(右)

エリザベス・マーガレット・ベイター・ロングリー(13)に続く)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

近代文明の進歩に大きな影響を与えた工業製品であるタイプライター。その改良の歴史をひもとく連載です。毎週木曜日の掲載です。とりあげる人物が女性の場合、タイトルは「タイプライターに魅せられた女たち」となります。