タイプライターに魅せられた女たち・第86回

エリザベス・マーガレット・ベイター・ロングリー(11)

筆者:
2013年6月20日
アポロビルディング13号室のタイプライター代理店広告

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ロングリー夫妻は、アポロビルディングの速記専門学校で、タイプライターの代理店を兼業することにしました。「Remington Type-Writer No.2」を販売することにしたのです。しかし、この代理店契約は、かなり妙なことになっていました。もともとシンシナティでは、E&T・フェアバンクス社がタイプライターを扱っていたのですが、同社との代理店契約をE・レミントン&サンズ社が破棄したことから、その隙にロングリー夫妻が代理店契約を勝ち取ったのです。ところが今度は、ウィックオフ・シーマンズ&ベネディクト社という新たな会社が現れて、代理店契約はその会社を経由しなければならなくなったのです。

1882年8月31日、シンシナティのギブソンハウスで開催された速記者国際会議に、ロングリー夫人の姿がありました。この会議でロングリー夫人は、速記におけるタイプライターの効用について、発表をおこないました。ロングリー夫人の発表を、一部引用してみましょう。

もちろん、全ての女性がタイピストになるわけではありませんし、事務職に就くわけでもありませんし、そもそも仕事に就くのが当然というわけでもありません。また、一部の人が言うような「文字を読める子供は誰でもタイプライターを打てる」などと主張したいわけでもありません。たしかに、文字を読める人は、タイプライターのキーを押すことで、紙に文字を打つことはできるでしょう。でも、それは、タイプライティングと呼べるものではありません。両手の人差指だけを使って、文字を打ち、スペースを叩いている人を見たこともあるのですが、そのような人がタイピストの職にありつくのは、とても無理だと思えるのです。2本か3本の指しか使えないピアニストやオルガンプレーヤーは、ピアニストやオルガンプレーヤーとして成功するとは思えないでしょう。それと同じように、2本か3本の指しか使えないタイピストは、タイピストして成功することはあり得ないのです。親指も含め全ての指を使ってこそ、初めて成功の道が開けるのです。

これ以前にも両手の人差指・中指・薬指を使うタイピング法は、いくつか考案されていました。ロングリー夫人は、さらに両手の小指を使うことで、高速なタイピングが可能になると考えていたのです。

ロングリー夫妻は、手狭になったアポロビルディングの速記専門学校を、1ブロック北西のブラッドフォード・ブロック13号室に移し、シンシナティ速記タイプライター専門学校(The Cincinnati Shorthand and Type-Writer Institute)と改称しました。ここで、ロングリー夫人は、両手の小指をも使うタイピング法を、教授しはじめたのです。

エリザベス・マーガレット・ベイター・ロングリー(12)に続く)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

近代文明の進歩に大きな影響を与えた工業製品であるタイプライター。その改良の歴史をひもとく連載です。毎週木曜日の掲載です。とりあげる人物が女性の場合、タイトルは「タイプライターに魅せられた女たち」となります。