地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第75回 大橋敦夫さん:「信州・松本に、えべや!」

筆者:
2009年11月21日

その看板とロゴは、松本市内の老舗スポーツ用品店「スポーツプラザ ヤマトヤ」(松本市大手)の一角を占めています。

スポーツプラザ ヤマトヤ
【スポーツプラザ ヤマトヤ】

「えべや」は、「えぶ・えーぶ[=歩く]」の命令形に「や」がついたもので、「(歩いて)行こう」といった意味合いになります。この「や」は第15回で取り上げた「遊べや」の「や」と同じです。同じ音にかけて、この「や」の部分を「家」と表記しているのは、人が集まるお店を意図してのことだそうです。

また、ロゴが歩く人をイメージしているのも、ウォーキングシューズを扱うお店ならではの凝った部分です。

えべ家のロゴ
【えべ家のロゴ】

お店のご主人のお話では、先代が松本市の北方、安曇野のご出身で、よく「えんでく[=歩いて行く]」という語を使っていたとの由。地元への愛着をこめて、方言による命名とロゴの一工夫をされたとのことでした。

ちなみに、「えぶ・えーぶ」の語源をたずねると、「あゆむ(=一歩一歩の足取り。馬や人が一歩一歩足を運んでいく意)」にたどり着き、その変化の過程は、「あゆむ→あゆぶ・あよぶ→あいぶ・あえぶ→えーぶ」となります。第71回に登場の「あいべ[=(いっしょに)行こう]」と同類ですね。

お店でオススメのシューズを履いて城下町の散策に出ると、軽やかで何かいいことがありそうな気がしてきます。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 大橋 敦夫(おおはし・あつお)

上田女子短期大学総合文化学科教授。上智大学国文学科、同大学院国文学博士課程単位取得退学。
専攻は国語史。近代日本語の歴史に興味を持ち、「外から見た日本語」の特質をテーマに、日本語教育に取り組む。共著に『新版文章構成法』(東海大学出版会)、監修したものに『3日でわかる古典文学』(ダイヤモンド社)、『今さら聞けない! 正しい日本語の使い方【総まとめ編】』(永岡書店)がある。

大橋敦夫先生監修の本

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。