前回は筆者が凍傷になったときの対処方法について紹介しました。もうひとつ筆者が現地で聞いた独特な怪我の治癒方法があります。それはイヌの毛や毛皮を使うものです。イヌはハンティにとって狩猟や牧畜の仕事仲間であるだけでなく、神聖な動物でもあります。オビ川沿いにあるテェギという場所の神の化身がイヌとされており、イヌの毛や毛皮には不思議な力があると考えられています。
イヌの毛足は長く丈夫で、密生し、たいへん暖かく、毛皮の質が良いので、他の極北地域にはイヌの毛皮で帽子等の防寒衣類を作る人々がいます。しかし、ハンティにとってイヌは神聖な動物であるため、彼らが自らイヌを屠畜してその毛皮を利用することはありません。かといって、ハンティがまったくイヌの毛皮を利用してこなかったわけでもありません。彼らにとってとりわけ白色の犬の毛皮は富の象徴でもありました。ソ連時代に集団化が本格的に始まる20世紀半ばくらいまで、トナカイをたくさん所有していた裕福な男性は、何枚もの白犬の毛皮を白色のトナカイ毛皮の衣服の裾部分に付けていました。殺してはいけないイヌの毛皮をどうやって手に入れていたかというと、周辺の異なる信仰を持つ民族と交易してイヌの毛皮を手に入れていたそうです。このように、イヌの毛皮は、質の面でも富の象徴の面でも価値があると考えられてきました。
さらに、イヌの毛や毛皮には治癒の効果があるとされています。屠畜して皮を利用することはできないので、換毛期に自然に抜け落ちる毛を利用します。村には飼い主がいない野良犬がたくさんうろついているので、それらの毛を集めて、毛糸にして靴下などを編みます。ハンティは「腰や足が痛むときに、イヌの毛糸の編み物を巻いて当てておくと、改善する」といいます。あるハンティのおばあさんは、兄が左足を痛めたときにイヌの毛糸で足に当てるものを編んでプレゼントしたそうです。それを兄はいつも身につけていたところ、徐々に痛みが和らいでゆき、治ったそうです。
本連載の第12回では、森の生活や仕事の仲間としてのイヌについて書きました。ハンティにとって、イヌはとても身近な存在であり、かつ土地の神であり、さらにその毛皮は富の象徴や治癒としても価値があります。本当は毛皮を利用したいけれど、進んで利用できないという欲望と制限のなかで、イヌの毛が治癒に利用されているようです。
ひとことハンティ語
単語:Щит ма ӑнт уйәтӆэм.
読み方:シット マー アントゥ ウイアトゥレン。
意味:それは分かりません(私はそれを知りません)。
使い方:何かについて尋ねられて、分からないときに使います。