怪我や病気をしたとき、ハンティはおまじないや何らかの効能があるとされる食物を使用することもありますが、現在では現代医療も頻繁に頼ります。少数民族に対する援助政策のひとつとして、村や森に暮らすハンティは公営の医療施設での診察や検査、一部の手術等を無料で受けることができます。ただし、薬代は自己負担のため、継続的な治療が難しいこともあるようです。また、病院のある都市や町から遠く離れた集落や森に暮らしている人々は、我々のようにすぐに現代的な医療にアクセスできるわけではありません。
ヌムト集落には医療施設はなく、約300キロメートル離れた町から2、3名の医師が派遣されます。彼らは数か月置きに2週間臨時診療所に住み込みで滞在し、訪れた人の診察や検診をします。
ヌムト集落には居住せずに、そこから数十キロメートル離れた森でトナカイを放牧して暮らす人々もいます。そういった人々は医師が来るときに合わせて集落までやってきます。さらに手術や入院が必要な場合は、ヘリコプターで町まで行きます。
筆者がヌムト集落である世帯に滞在していたとき、家主の親戚のおばあさんと息子が夜中に駆け込んで来ました。家主が一体どうしたのか話を聞くと、おばあさんは以前から肝臓を患っており、急に容態が悪くなったので、明日来る予定のヘリコプターで町の病院に行きたいから一晩泊めて欲しいということでした。おばあさんを見ると、顔色が悪く、苦しそうに息をしています。家主が快諾すると、おばあさんは家に入って来るなり、毛皮の上着も履物も脱がずに薪ストーブの横の床にそのまま倒れ込むように横になりました。マイナス40度近い夜、トナカイ橇(ぞり)に乗って数十キロメートル駆けて来たため、毛皮の上着と履物には大きな霜がつき、皮が冷たく硬くなっていました。体もとても冷えていただろうと思います。家主は、おばあさんのために床にトナカイの毛皮を敷き、上から毛布を掛けてあげました。私はそのすぐ隣にあるソファーで寝ていたので、病気のおばあさんを床で寝かせてしまい、たいへん申し訳ない気持ちになりました。その夜は、おばあさんの容態が気になり、不安と心配でなかなか眠れませんでした。
翌日、おばあさんはヘリコプターで町の病院に運ばれ無事入院できたそうです。このように、森やツンドラの中で突然大きな怪我や病気をしても、移動にかなりの時間を要し、治療が遅れかねません。その一方で、遠隔地で人口が比較的少ない場所の病院は閉鎖傾向にあるようです。オブゴルト村には、処方箋薬局が併設された公立の病院があり、医師も看護師も数名常勤していましたが、この病院も数年後になくなるそうです。
ひとことハンティ語
単語:Сэмңәна кӑши.
読み方:セムネナ カーシ。
意味:目が痛いです。
使い方:痛いところを指さしながら、「Кӑши(カーシ)」(「痛いです」という意味)と言ってもいいです。