「Kanzler Nr.4」は、ベルリンのカンツラー・シュライブマシン社が、1910年に発売したタイプライターです。活字棒(type bar)が11本しかなく、それぞれの活字棒に8つずつ活字が埋め込まれている、という点が非常に特徴的です。
「Kanzler Nr.4」のキーボードは、扇状に44個(4段11列)の文字キーが並んでおり、基本はQWERTZ配列です。キーボードの最上段は、小文字側に(234567890)が、大文字側に^`"=/½!;%&§が並んでいて、右端にステンシル(インクリボンを使わずに印字)への切り替えボタンがあります。その次の段は、左端にバックスペースキーがあり、小文字側にqwertzuiopüが、大文字側にQWERTZUIOPÜが並んでいて、右端に黒インクリボンへの切り替えボタンがあります。その次の段は、小文字側にasdfghjklöäが、大文字側にASDFGHJKLÖÄが並んでいて、右端に赤インクリボンへの切り替えボタンがあります。キーボードの最下段は、小文字側にyxcvbnm,.-ßが、大文字側にYXCVBNM?_':が並んでいます。数字の「1」は、小文字の「l」で代用することが想定されていたようです。文字キーのさらに下には、スペースバーがあって、その左右にシフトキーがあります。
「Kanzler Nr.4」の特徴は、スラスト・アクションという印字機構にあります。各キーを押すと、活字棒がまっすぐプラテンに向かって飛び出します。プラテンの前面には紙が挟まれており、そのさらに前にはインクリボンがあって、まっすぐに飛び出した活字棒は、紙の前面に印字をおこないます。これがスラスト・アクションという印字機構で、打った瞬間の文字を、オペレータが即座に見ることができるのです。ただし、「Kanzler Nr.4」の活字棒は11本しかありません。活字棒には、それぞれ8つずつ活字が埋め込まれており、たとえば左端の活字棒には、上から順にayq(AYQ^の8つの活字が埋め込まれています。左端の活字棒は、キーボード左端列の4つのキー「(」「Q」「A」「Y」に繋がっていて、これらのキーを押すと左端の活字棒が飛び出し、飛び出す角度によって対応する活字が印字されるのです。すなわち、44個(4段11列)の文字キーが、各列ごとに11本の活字棒に繋がっていて、88種類の文字が印字できるのです。
1912年2月に、カンツラー・シュライブマシン社は解散を決定、清算手続に入りました。工場や設備は、チタニア・シュライブマシン社に売却されましたが、「Kanzler Nr.4」の製造は停止されました。チタニア・シュライブマシン社は、タイプライターの印字機構に、スラスト・アクションではなくフロントストライク式を選んだことから、「Kanzler Nr.4」の生産を続ける理由が無くなってしまったのです。