タイプライターに魅せられた男たち・補遺

広告の中のタイプライター(93):Kanzler Nr.4

筆者:
2020年11月19日
『Typewriter Topics』1911年1月号
『Typewriter Topics』1911年1月号

「Kanzler Nr.4」は、ベルリンのカンツラー・シュライブマシン社が、1910年に発売したタイプライターです。活字棒(type bar)が11本しかなく、それぞれの活字棒に8つずつ活字が埋め込まれている、という点が非常に特徴的です。

「Kanzler Nr.4」のキーボードは、扇状に44個(4段11列)の文字キーが並んでおり、基本はQWERTZ配列です。キーボードの最上段は、小文字側に(234567890)が、大文字側に^`"=/½!;%&§が並んでいて、右端にステンシル(インクリボンを使わずに印字)への切り替えボタンがあります。その次の段は、左端にバックスペースキーがあり、小文字側にqwertzuiopüが、大文字側にQWERTZUIOPÜが並んでいて、右端に黒インクリボンへの切り替えボタンがあります。その次の段は、小文字側にasdfghjklöäが、大文字側にASDFGHJKLÖÄが並んでいて、右端に赤インクリボンへの切り替えボタンがあります。キーボードの最下段は、小文字側にyxcvbnm,.-ßが、大文字側にYXCVBNM?_':が並んでいます。数字の「1」は、小文字の「l」で代用することが想定されていたようです。文字キーのさらに下には、スペースバーがあって、その左右にシフトキーがあります。

「Kanzler Nr.4」の特徴は、スラスト・アクションという印字機構にあります。各キーを押すと、活字棒がまっすぐプラテンに向かって飛び出します。プラテンの前面には紙が挟まれており、そのさらに前にはインクリボンがあって、まっすぐに飛び出した活字棒は、紙の前面に印字をおこないます。これがスラスト・アクションという印字機構で、打った瞬間の文字を、オペレータが即座に見ることができるのです。ただし、「Kanzler Nr.4」の活字棒は11本しかありません。活字棒には、それぞれ8つずつ活字が埋め込まれており、たとえば左端の活字棒には、上から順にayq(AYQ^の8つの活字が埋め込まれています。左端の活字棒は、キーボード左端列の4つのキー「(」「Q」「A」「Y」に繋がっていて、これらのキーを押すと左端の活字棒が飛び出し、飛び出す角度によって対応する活字が印字されるのです。すなわち、44個(4段11列)の文字キーが、各列ごとに11本の活字棒に繋がっていて、88種類の文字が印字できるのです。

1912年2月に、カンツラー・シュライブマシン社は解散を決定、清算手続に入りました。工場や設備は、チタニア・シュライブマシン社に売却されましたが、「Kanzler Nr.4」の製造は停止されました。チタニア・シュライブマシン社は、タイプライターの印字機構に、スラスト・アクションではなくフロントストライク式を選んだことから、「Kanzler Nr.4」の生産を続ける理由が無くなってしまったのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。