フィールド言語学への誘い:ザンジバル編

第4回 調査準備1:荷造りをする

筆者:
2018年1月19日

アフリカで調査をするフィールドワーカーというと、とんでもない秘境に出かけて行って、あまたのサバイバルグッズを駆使しながら生き抜く姿をイメージする人がいるかもしれません。もちろん、そうしたタイプのフィールドワーカーもいるのですが、残念ながら、そうしたイメージは私の調査には当てはまりません。私の滞在先には電気が来ており(時々停電するけど)、扇風機もあり(首は回らないけど)、夜はベッドで寝ています(南京虫にかまれたけど)。最近では、インターネットも使えます。食事も、お世話になっている家のお母さんが用意してくれるので、自分で作る必要がありません(ちなみに主食はだいたい米)。つまり、皆さんがちょっとしたキャンプに出かけるよりもよっぽど準備するものは少ないのです。特別に用意するものと言えば、蚊が多くてマラリアの心配があるので、その対策のための、予防薬や虫よけスプレー(私はどちらも使いませんが)や蚊取線香くらいでしょうか[注1]

それでは、フィールド言語学のために特別に必要なものとはいったいどんなものなのでしょうか。今回は、私のフィールドワークにおける必需品をいくつか紹介します。

私のフィールドワークにおける必需品

ノートとペン

この2つさえあればフィールドワークは始められます。私が使っているノートは、表紙の硬いA5くらいのサイズのものです。こんなノートを使っているのは、机がないところでも書き取りがしやすく、携帯もしやすいためです。話者への聞き取りは、たいてい家の軒先や屋外で行われます。また、決まった調査時間以外も気づいたこと、耳にしたおもしろい表現は書き留めておく必要があります。ペンは、書き心地のよい油性のボールペンを選んでいます。

ボイスレコーダーとマイク

フィールド言語学で分析の対象となる言語データは話者が発した音声に他なりません。この音声を残しておくことは以下のような利点があります。

・調査中にメモし忘れたり、自分の速記が汚すぎて読めない場合のデータの確認。
・メモには残されていない現象(例:声の抑揚)の検証。
・速記が不可能なおしゃべりの記録。
・データの信頼性の確保。

ボイスレコーダーは、16bit/44.1kHzのwavファイルの形で音声を録音できるものを用います。聞き取りやすく、多くの再生機器や分析ソフトに対応しているため、言語調査の際は、こうしたフォーマットで音声ファイルを保存することが一般的になっています。マイクは、レコーダー内臓のものを用いることもありますが、よりクリアな音声が必要なときは、ヘッドセット型のコンデンサーマイクを使います。

パソコン

パソコンは、集めたデータ(ノートのメモや音声)の保存だけでなく、普段のおしゃべりや民話の文字起こしのためにも用います。文字起こしは、パソコンに保存した録音データを母語話者と一緒に聞きながら行います。正確な文字起こしは、母語話者の協力なしではとてもできません。なお、私は初めて赴く調査地にはパソコンをもっていかないようにしています。これは、そもそも滞在先でパソコンが使えるか不明、パソコンがあるとフィールドの人たちと話す時間が減ってしまう、信頼関係を築くまでは万一盗まれたら嫌だ、といった理由によります。

懐中電灯

調査は、話者の都合に合わせて夜行うこともたびたびありますが、ザンジバルの地方には電気が来ていない家もたくさんあります。夜、電気のない家で調査をするときは、懐中電灯が必須です。また、家によっては、トイレに灯りがないということもよくありますが、こんなときにも懐中電灯を持っていると便利です。

* * *

[注]

  1. なお、荷物を用意するときのコツは、調査時も含めた、朝起きてから夜寝るまでの生活をイメージすること。

筆者プロフィール

古本 真 ( ふるもと・まこと)

1986年生まれ、静岡県出身。大阪大学・日本学術振興会特別研究員PD。専門はフィールド言語学。2012年からタンザニアのザンジバル・ウングジャ島でのフィールドワークを始め、スワヒリ語の地域変種(方言)について調査・研究を行っている。

最近嬉しかったことは、自分の写真がフィールドのママのWhatsApp(ショートメッセージのアプリ)のプロフィールになっていたこと。

編集部から

今回は調査準備編の1回目ということで、調査道具について紹介していただきました。懐中電灯が必要なのは地域性の現れでしょうか。使用するノート・ペンの種類やパソコンに入れたソフト、マイクの種類などにはフィールドワーカーそれぞれのこだわりがあるのかもしれません。

次回は、話者(ことばを教えてくれる人)といつ、どのように知り合うかについて話していただきます。