歴史で謎解き!フランス語文法

第8回 不規則活用って、どうやってできたの?

2019年11月15日

学生:フランス語って、どうしてこんなに動詞の活用が多いんですか……。あまりに多すぎて、覚えても、覚えても、キリがないですよ。

 

先生:確かに活用を覚えるのは大変だよね。でも、活用を制する者はフランス語を制すといっても過言ではないし、がんばって覚えていこう。学生の頃は、僕も活用を書く練習を何度も繰り返して、ノートを何冊も真っ黒にしたよ。

 

学生:規則動詞(-er動詞など)はまだ覚えやすいからいいんですけど、être や aller といった不規則動詞になると、途端に暗記の難易度が上がります。どうしてこんなに不規則なものがあるのでしょう……。いっそのこと全部規則動詞にしてくれたら楽なのに。

 

先生:みんなそう思うよね。だから、多くの動詞では歴史的音声変化の過程で綴りや発音が合理化されて、規則的になったんだよ。一方で、一部の動詞は日常的によく使われるがゆえに古い形が維持され、不規則なまま現在に至っているんだ。不規則動詞は頻出動詞であることが多いよね。

 

学生:言われてみれば、être も aller もよく使いますもんね。

 

先生:être と aller の活用は不規則動詞の中でも変わり種で、複数の動詞が合成された結果、あのような活用体系になったんだよ。1つずつ具体的に説明してみようか。

 

◆ êtreの成り立ち

 

先生:まず être について言うと、古典ラテン語の esse(…である)と stare(立つ)という2つの動詞の活用が、être の活用の中で混在しているんだ。

 

学生:essestare ……。この2つが合体して être になったのですか?

 

先生:いや、2つの動詞の形が合体して1つの動詞の形になったわけじゃないよ。混在しているのは、あくまで「活用」だからね。まず不定詞 être は、不定詞 esse が次のような経過で変化したと考えられるね。

不定詞: esse(古羅:古典ラテン語)→ *ess(e)re(俗羅:俗ラテン語)→ estre(古仏:古フランス語)→ être(現仏:現代フランス語)[注1]

学生:なるほどなるほど。

 

先生:続いて、être の単純過去と接続法半過去の語幹の fu- は、esse の完了語幹の fu- に由来するよ。古典ラテン語の不定詞 esse は、俗ラテン語の時代になると他の動詞の不定詞の形からの類推で -re という語尾が付加され、*essere という形になったと想定されているんだ。そこから現代フランス語の直説法単純未来や条件法現在の語幹 ser- がもたらされたと考えられているよ。

直説法単純過去: fui(古羅)→ *fui(俗羅)→ fui(古仏)→ je fus(現仏)
接続法半過去: fuissem[注2](古羅)→ *fusse(俗羅)→ fusse(古仏)→ que je fusse(現仏)
直説法単純未来: *(es)ser(e)-habeo > *seraio(俗羅)→ serai(古仏)je serai(現仏)
条件法現在: *(es)ser(e)-habebam > *serea(俗羅)→ sereie, seroie, serois(古仏)→ je serais(現仏)[注3]

学生:活用の形にも、1つずつきちんと歴史があるのですね。

 

先生:そうだよ、ある日いきなりラテン語が現代フランス語に変化したわけではなく、長い時間をかけて少しずつ今の形態に至ったわけだからね。最後に、être の直説法半過去、過去分詞、現在分詞の語幹 ét- に関して、これは esse ではなく、別の動詞 stare に由来するんだ。stare は、古フランス語では ester になるんだけど、そこから現代フランス語の直説法半過去、過去分詞、現在分詞の語幹 ét- ができたんだよ。

直説法半過去: esteie, estoie, estois(古仏)j’étais(現仏)
過去分詞: esté(古仏)→ été(現仏)
現在分詞: estant(古仏)étant(現仏)

【êtreの語源】

esse
系統
古典ラテン語の完了時制の語幹 fu- fu- 直説法単純過去(fus, fut…)
接続法半過去(fusse, fusses...)
俗ラテン語の不定詞 *essere ser- 直説法単純未来(serai, seras...)
条件法現在(serais, serait...)
stare
系統
古フランス語の不定詞 ester ét- 直説法半過去(étais, était...)
過去分詞(été)
現在分詞(étant)

 

学生: être の語幹は、それぞれ異なる時代、異なる動詞の、異なる形態に由来しているのですね! 何かスッキリしました!

 

allerの成り立ち

先生:aller は現代フランス語の不規則動詞の中で最も複雑な変化をする動詞だけど、その理由は古典ラテン語の ambulare(歩き回る)、vadere(歩く、行く、進む)、ire(行く、歩く)という3つの動詞の活用が、aller の活用の中で混在しているからなんだ。

 

学生:être では2つの動詞が混在していましたが、aller はさらにそれよりも1つ多いのですか!

 

先生:そうなんだ。まず不定詞 aller に関して、これは不定詞 ambulare が次のような経過で変化したと考えられるよ。

不定詞: ambulare(古羅)→ *amlare, *alare(俗羅)→ aler(古仏)→ aller(現仏)

先生:そして、この不定詞 aller に基づく「all- の語幹」が、直説法現在(allons, allez)、直説法半過去(allais, allait...)、接続法半過去(allasse, allasses...)、過去分詞(allé)、現在分詞(allant)などに広く使われているんだ。ちなみに、ambulare という動詞は元々「歩き回る」という意味だったけど、メロヴィング朝の時代になって、現代フランス語に見られる「行く」という意味で使われるようになったとされているよ[注4]。

 

学生:確かに、aller の活用の中には不定詞に基づく語幹が多いですね。そうなると、残りの2つはどこに見られるのでしょうか?

 

先生:vadere に基づく「v- の語幹」は、直説法現在に見られるよ。

直説法現在: vado(古羅)→*vao(俗羅)→ voi, vai, vois, vais, veis(古仏)→ je vais(現仏)

先生:もう1つの ire に基づく「ir- の語幹」は、直説法単純未来や条件法現在に見られるね。ちなみにこれらは、不定詞 ir(e) habeo が融合した形に由来しているんだ。

直説法単純未来: *ir(e)-habeo > *iraio(俗羅)→ irai(古仏)→ j’irai(現仏)
条件法現在: *ir(e)-habebam > *irea(俗羅)→ ireie, iroie, irois(古仏)→ j’irais(現仏)

allerの語源】

ambulare
系統
現代フランス語の不定詞 aller all- 直説法現在(allons, allez)
直説法半過去(allais, allait...)
接続法半過去(allasse, allasses...)
過去分詞(allé)
現在分詞(allant)
vadere
系統
古典ラテン語の不定詞 vadere v- 直説法現在(vais, vas, va, vont)
ire
系統
古典ラテン語の不定詞 ire ir- 直説法単純未来(irai, iras...)
条件法現在(irais, irait...)

 

先生:aller を活用すると、語幹に v-, all-, ir- といった複数の異なる形態の語幹が出てくる。all- はわかるけど、v-, ir- はどこから出てくるのかって質問を毎年授業の時に受けるんだけど、その答えはもうわかるよね。

 

学生:はい、この3つの語幹は、それぞれ3つの異なる古典ラテン語の動詞に由来するということですね。

 

先生:ご名答。aller という形を見るだけだとわからないことでも、語源さえわかっていれば、不規則性の謎が解けるというわけだ。

 

学生:être や aller の活用は、複数の動詞の、時代ごとに異なる形態が長い時を経て融合してきた結果といえるんですね。ただ単に活用を暗記するのではなく、その動詞がどのような歴史をたどって現在の活用に落ち着いたのかを調べながら覚えていくと、より定着するような気がします。他の不規則動詞に関しても、語源を調べてみたくなりました!

[注]

  1. LABORDERIE, Noëlle, Précis de phonétique historique (2e édition), Paris, Armand Colin, 2015, p.77. ess(e)re から estre への変化の過程において t が挿入される理由は、s と r が隣り合って発音しにくく、つなぎの子音を入れることで、楽に発音できるようにするため。これは「語中音添加」épenthèseと呼ばれる現象である。「母音 + s + r」の場合は s と r の間に t が発生するが、「無声」の s が「有声」の z に置きかわると、t のかわりに d が発生する。なお、俗ラテン語に *(アステリスク)がついているのは、古典ラテン語と古仏語の間の音韻変化で想定される形であることを意味している。
  2. 現代フランス語の接続法半過去は、古典ラテン語の接続法半過去ではなく、接続法過去完了の活用に由来する。
  3. 俗ラテン語の時代に古典ラテン語の未来形は廃れ、不定詞と habeo(持つ)の複合形(*essere + habeo)が、未来時制を表すようになった。ここから現代フランス語につながる未来形が生まれた。現代フランス語では、俗ラテン語の不定詞 *essere に由来する語幹 ser- に avoir の直説法現在形の活用またはその一部が後置されていることがわかる。ex) je serai, tu seras, il sera...
  4. GOUGENHEIM, Georges, Les Mots français dans l’histoire et dans la vie, Paris, Omnibus, 2018, p.577.

筆者プロフィール

フランス語教育 歴史文法派

有田豊、ヴェスィエール・ジョルジュ、片山幹生、高名康文(五十音順)の4名。中世関連の研究者である4人が、「歴史を知ればフランス語はもっと面白い」という共通の思いのもとに2017年に結成。語彙習得や文法理解を促すために、フランス語史や語源の知識を語学の授業に取り入れる方法について研究を進めている。

  • 有田豊(ありた・ゆたか)

大阪市立大学文学部、大阪市立大学大学院文学研究科(後期博士課程修了)を経て現在、立命館大学准教授。専門:ヴァルド派についての史的・文献学的研究

  • ヴェスィエール ジョルジュ

パリ第4大学を経て現在、獨協大学講師。NHKラジオ講座『まいにちフランス語』出演(2018年4月~9月)。編著書に『仏検準1級・2級対応 クラウン フランス語単語 上級』(三省堂)がある。専門:フランス中世文学(抒情詩)

  • 片山幹生(かたやま・みきお)

早稲田大学第一文学部、早稲田大学大学院文学研究科(博士後期課程修了)、パリ第10大学(DEA取得)を経て現在、早稲田大学非常勤講師。専門:フランス中世文学、演劇研究

  • 高名康文(たかな・やすふみ)

東京大学文学部、東京大学人文社会系大学院(博士課程中退)、ポワチエ大学(DEA取得)を経て現在、成城大学文芸学部教授。専門:『狐物語』を中心としたフランス中世文学、文献学

編集部から

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