学生:フランス語って、どうしてこんなに動詞の活用が多いんですか……。あまりに多すぎて、覚えても、覚えても、キリがないですよ。
先生:確かに活用を覚えるのは大変だよね。でも、活用を制する者はフランス語を制すといっても過言ではないし、がんばって覚えていこう。学生の頃は、僕も活用を書く練習を何度も繰り返して、ノートを何冊も真っ黒にしたよ。
学生:規則動詞(-er動詞など)はまだ覚えやすいからいいんですけど、être や aller といった不規則動詞になると、途端に暗記の難易度が上がります。どうしてこんなに不規則なものがあるのでしょう……。いっそのこと全部規則動詞にしてくれたら楽なのに。
先生:みんなそう思うよね。だから、多くの動詞では歴史的音声変化の過程で綴りや発音が合理化されて、規則的になったんだよ。一方で、一部の動詞は日常的によく使われるがゆえに古い形が維持され、不規則なまま現在に至っているんだ。不規則動詞は頻出動詞であることが多いよね。
学生:言われてみれば、être も aller もよく使いますもんね。
先生:être と aller の活用は不規則動詞の中でも変わり種で、複数の動詞が合成された結果、あのような活用体系になったんだよ。1つずつ具体的に説明してみようか。
◆ êtreの成り立ち
先生:まず être について言うと、古典ラテン語の esse(…である)と stare(立つ)という2つの動詞の活用が、être の活用の中で混在しているんだ。
学生:esse と stare ……。この2つが合体して être になったのですか?
先生:いや、2つの動詞の形が合体して1つの動詞の形になったわけじゃないよ。混在しているのは、あくまで「活用」だからね。まず不定詞 être は、不定詞 esse が次のような経過で変化したと考えられるね。
不定詞: | esse(古羅:古典ラテン語)→ *ess(e)re(俗羅:俗ラテン語)→ estre(古仏:古フランス語)→ être(現仏:現代フランス語)[注1] |
---|
学生:なるほどなるほど。
先生:続いて、être の単純過去と接続法半過去の語幹の fu- は、esse の完了語幹の fu- に由来するよ。古典ラテン語の不定詞 esse は、俗ラテン語の時代になると他の動詞の不定詞の形からの類推で -re という語尾が付加され、*essere という形になったと想定されているんだ。そこから現代フランス語の直説法単純未来や条件法現在の語幹 ser- がもたらされたと考えられているよ。
直説法単純過去: | fui(古羅)→ *fui(俗羅)→ fui(古仏)→ je fus(現仏) |
---|---|
接続法半過去: | fuissem[注2](古羅)→ *fusse(俗羅)→ fusse(古仏)→ que je fusse(現仏) |
直説法単純未来: | *(es)ser(e)-habeo > *seraio(俗羅)→ serai(古仏)→ je serai(現仏) |
条件法現在: | *(es)ser(e)-habebam > *serea(俗羅)→ sereie, seroie, serois(古仏)→ je serais(現仏)[注3] |
学生:活用の形にも、1つずつきちんと歴史があるのですね。
先生:そうだよ、ある日いきなりラテン語が現代フランス語に変化したわけではなく、長い時間をかけて少しずつ今の形態に至ったわけだからね。最後に、être の直説法半過去、過去分詞、現在分詞の語幹 ét- に関して、これは esse ではなく、別の動詞 stare に由来するんだ。stare は、古フランス語では ester になるんだけど、そこから現代フランス語の直説法半過去、過去分詞、現在分詞の語幹 ét- ができたんだよ。
直説法半過去: | esteie, estoie, estois(古仏)→ j’étais(現仏) |
---|---|
過去分詞: | esté(古仏)→ été(現仏) |
現在分詞: | estant(古仏)→ étant(現仏) |
【êtreの語源】
esse 系統 |
古典ラテン語の完了時制の語幹 fu- | fu- | 直説法単純過去(fus, fut…) |
---|---|---|---|
接続法半過去(fusse, fusses...) | |||
俗ラテン語の不定詞 *essere | ser- | 直説法単純未来(serai, seras...) | |
条件法現在(serais, serait...) | |||
stare 系統 |
古フランス語の不定詞 ester | ét- | 直説法半過去(étais, était...) |
過去分詞(été) | |||
現在分詞(étant) |
学生: être の語幹は、それぞれ異なる時代、異なる動詞の、異なる形態に由来しているのですね! 何かスッキリしました!
◆ allerの成り立ち
先生:aller は現代フランス語の不規則動詞の中で最も複雑な変化をする動詞だけど、その理由は古典ラテン語の ambulare(歩き回る)、vadere(歩く、行く、進む)、ire(行く、歩く)という3つの動詞の活用が、aller の活用の中で混在しているからなんだ。
学生:être では2つの動詞が混在していましたが、aller はさらにそれよりも1つ多いのですか!
先生:そうなんだ。まず不定詞 aller に関して、これは不定詞 ambulare が次のような経過で変化したと考えられるよ。
不定詞: | ambulare(古羅)→ *amlare, *alare(俗羅)→ aler(古仏)→ aller(現仏) |
---|
先生:そして、この不定詞 aller に基づく「all- の語幹」が、直説法現在(allons, allez)、直説法半過去(allais, allait...)、接続法半過去(allasse, allasses...)、過去分詞(allé)、現在分詞(allant)などに広く使われているんだ。ちなみに、ambulare という動詞は元々「歩き回る」という意味だったけど、メロヴィング朝の時代になって、現代フランス語に見られる「行く」という意味で使われるようになったとされているよ[注4]。
学生:確かに、aller の活用の中には不定詞に基づく語幹が多いですね。そうなると、残りの2つはどこに見られるのでしょうか?
先生:vadere に基づく「v- の語幹」は、直説法現在に見られるよ。
直説法現在: | vado(古羅)→*vao(俗羅)→ voi, vai, vois, vais, veis(古仏)→ je vais(現仏) |
---|
先生:もう1つの ire に基づく「ir- の語幹」は、直説法単純未来や条件法現在に見られるね。ちなみにこれらは、不定詞 ir(e) と habeo が融合した形に由来しているんだ。
直説法単純未来: | *ir(e)-habeo > *iraio(俗羅)→ irai(古仏)→ j’irai(現仏) |
---|---|
条件法現在: | *ir(e)-habebam > *irea(俗羅)→ ireie, iroie, irois(古仏)→ j’irais(現仏) |
【allerの語源】
ambulare 系統 |
現代フランス語の不定詞 aller | all- | 直説法現在(allons, allez) |
---|---|---|---|
直説法半過去(allais, allait...) | |||
接続法半過去(allasse, allasses...) | |||
過去分詞(allé) | |||
現在分詞(allant) | |||
vadere 系統 |
古典ラテン語の不定詞 vadere | v- | 直説法現在(vais, vas, va, vont) |
ire 系統 |
古典ラテン語の不定詞 ire | ir- | 直説法単純未来(irai, iras...) |
条件法現在(irais, irait...) |
先生:aller を活用すると、語幹に v-, all-, ir- といった複数の異なる形態の語幹が出てくる。all- はわかるけど、v-, ir- はどこから出てくるのかって質問を毎年授業の時に受けるんだけど、その答えはもうわかるよね。
学生:はい、この3つの語幹は、それぞれ3つの異なる古典ラテン語の動詞に由来するということですね。
先生:ご名答。aller という形を見るだけだとわからないことでも、語源さえわかっていれば、不規則性の謎が解けるというわけだ。
学生:être や aller の活用は、複数の動詞の、時代ごとに異なる形態が長い時を経て融合してきた結果といえるんですね。ただ単に活用を暗記するのではなく、その動詞がどのような歴史をたどって現在の活用に落ち着いたのかを調べながら覚えていくと、より定着するような気がします。他の不規則動詞に関しても、語源を調べてみたくなりました!
[注]