中国では、成績表には試験などの点数(素点)が示されるそうだ。それを5段階にすれば、100~90点は「優秀」(优秀)、89~80点は「良好」、 79~70点は「中等」、69~60点は「及格」、60点未満は「不及格」と分けるのだという。中国でも、大学の卒業論文の成績では、それらの熟語の中から、最初の漢字1字を抜き出して、「優」「良」「中」「及」と表記されていた、と中国から来た院生たちは思い出して語る。
この成績の分け方にはもう1つ、成績の分類に「中」がない場合もあるそうだ。そこでは、「優」100点~85点、「良」84点~70点、「及」69点~60点となる。「中」があるかどうかによって「優」などの範囲が変わるため、紛らわしい。ほかに85点以上を「優良」と称し、成績が「優良」であることが条件とされる申請事項も、よくあるのだそうだ。
さて、ここまで3回(第30回、第31回)にわたって漢字圏各国の成績評価について眺めてきた。香港、台湾、北朝鮮なども気になるところだが、それはまた機会があったら調べて加えてみたい。以上のことがらを、日本式の漢字字体によってまとめてみると、次の表のようになる。
国名\点数 | 100~90 | 89~80 | 79~70 | 69~60 | 60~ | 40~ | ||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
中国 | 優 | 良 | 中 | 及 | 不及格 | |||||||||
日本 | 秀 | 優 | 良 | 可 | 不可 | |||||||||
韓国 | 秀 | 優 | 美 | 良 | 可 | |||||||||
ベトナム | (賢) | (可) | 中平 | (弱)中平 | (劣) |
前回記したように、韓国の「美」は他には見られない。なお、「美」という漢語は、中国、韓国そしてベトナムではアメリカのことをも指す。日本では「米」がアメリカを指す略語として頻用され、新聞で「こめ」をカタカナの「コメ」へと追いやった。日本の「米」は、中国での古い訳が残ったもので、異彩を放っている。
上の表では、中国では「中」を含む方式を取り上げた。そこでは90点以上が「優」であるため、単純に見たならば、日韓はインフレ気味だ。点数ごとにそれらしい意味を有する漢字1字ないし漢語1語で評価が出ることが共通しているだけに、ズレがややこしい。また表のように、中国と韓国とでは「良」の点差は平均で20点程度、最大では29点に及んでしまう。
そして何よりのこととして、前述のとおり、「可」は、ベトナムでは84点(さらに小学校ならば90点近く)でもそれが付けられるのだが、韓国ではそれが実に落第点となるのであったのだ。「良」や「可」ばかり取っているお嬢さんは、良家のお嬢さまで良いお嫁さんになれる、という皮肉の表現も行われているそうだ。「良可(ヤンガー)」は「良家(ヤンガ)」(日本語ではリョウカよりリョウケと読むことが多い)とハングルでは一緒となる。韓国からの留学生によると、「良家ジプ(家の意の固有語)閨秀(キュス)」と称するのだという。
「可」や「可也・かなり」という語が、中国古典では「よい」、「まあよろしい」といった意味をもっていて、日本でもそれを受け、「一応の程度まではいっているとみなす」という意味、そこから派生した、「相当な」という意味を有するいう状況に、「可」の点数の幅は関連するのであろう。
しかし、韓国でも、成績は「A+」「A0」「A-」「B+」「B0」「B-」などローマ字と数字や記号による表示に変わってきたようだ。ベトナムのように固有語で表示しようとすれば、単音節になるとは限らないため、必ずしも1字では記せなくなるところであった。日本でも同様に、たとえば早大では成績通知書だけでなく、成績証明書も同様のローマ字表示となってきた。在学生も、知識として知っているが、漢字での表記は実際には見たことがない、というものばかりになってきた。学生からは、「なんで「D」判定だったんですか?」など、メール等で問い合わせが寄せられ、それに回答するという制度までできてきた。
成績における「優」「良」「可」のたぐいは善くも悪しくも漢字の表意性を利用し、成績情報を凝縮させた表示であり、実際の成績より、よく見せる働きもあったようにも思われる。「国際化」の大きな流れの中で、それらは漢字圏において互いに共通性と不一致とを抱えたまま、過去のものへとなりつつあるようだ。