中国は、他国の貨幣単位であっても、自国の「元」を用いて表現し、中国語でそれを発音しようとする、いわば集約化の傾向があることを前回、確かめた。
それに対して韓国は、現地つまり相手国の音を、それが固有語であろうと漢語であろうと語種や出自を問わず、すべて外来語のように扱って、ハングルで表記するという明確な立場をとっているのであった。漢字を介在させれば、その判断にも迷いが生じるところがあったのだろう。多様化を容認する態度とも見えるが、そこには徹底した漢字離れの状況が反映していたのである。
さて、日本は、どうだったであろうか。中国に対しては「元」と漢字表記をして「ゲン」と日本漢字音で読む。すなわち自国漢字音尊重主義である。一方、漢字を使わなくなってきた韓国に対しては、「ウォン」とカタカナ表記をし、そのまま「ウォン」と読むという相手国漢字音(現地発音)尊重主義となっている。つまり態度に使い分けが生じており、中国と韓国とのちょうど中間の方法をとっていることになる。日本は何ごとにつけ、曖昧というと何も分からなくなってしまうが、外来の事象を自己の独自のフィルターを通してなるべく自国へと取り込み、そこで細分化して、各々に意味やイメージの付与を行うという、多様性を広げていく方向を選ぶようだ。
これは、漢字圏において、互いの姓名をどのように表記し、いかに読むか、呼ぶかという、歴史的な事情もかかわる問題の根底に潜んでいる、無意識化した慣習なのであろう。
さて、中国では、タイのバーツ(บาท 記号 ฿)を「銖」(zhu1 ジュー)という漢字で表すことがある。タイ語は、中国語と系統的には類縁関係にあるともいわれ、種々の共通点が見られる。「タイ」も「泰」や「」などの字がそれぞれ近似の発音によって当てられることがあるが、そもそも漢語の「大」と同源だと説かれることもある。言語類型論では「シナ(漢)・タイ語派」が示されたことがあるように、実は互いに共通性をもつ近い言語であるが、タイ国ではインド系の文字を使用しており、両者の関連は意識されにくくなっている。一方、タイ系の少数民族には、中国でもベトナムでも漢字を改めた独特な文字を用いているものがあり、漢族や京族に近い印象を得かねない。こういった点からは、やはり文字が言語や民族の本質を覆い隠してしまう危険性を、一端ながらうかがうことができよう。
この「銖」という字では、現地タイ国での発音から遠く、意味も単位は単位でも元々中国では重さを表していた。これによく似た「」という造字を、以前、中日辞典で見かけ、中国では他国の貨幣単位を音訳するために、漢字をわざわざ造っていることに、必要から生まれたものとはいえ驚いたものだ。広東語の発音がベースにあったのだろう。これこそ、「銖」の元の姿だったのでは、と思えてこないだろうか。