漢字の現在

第182回 漢字圏における漢字使用機会の比較

筆者:
2012年5月4日

同じ金浦空港の中の免税品店の土産物には、

 蔘鷄湯 2字目は鶏の旧字体

  黑(黒旧字体で土はなれている)(写真 後ろのハングルはkkae、ゴマの意)

土産物の「黑」、土が分離している

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【 土産物の「黑」、土が分離している。】

のほか、

 しおから 塩辛

とある。隣の「キムチ 泡菜」から見て、この「塩辛」という漢字表記は中国語として書かれたものらしい。社名、商品名までは漢字表記がやはり多い。

 皇作

 正官庄

 乐天

最後のこれは、韓国系の企業のロッテの中国名だ。日本のプロ野球に、「楽天」が参入する際には、ロッテを「楽天」と音訳していた中国語圏を動揺させたそうだ。企業の楽天は中国では「楽酷天」となったそうだ。「酷な」という使い方に慣れている日本人には、「酷」がカッコイイという褒めことばとしてのcool(クール)の音訳として使われるようになった中国語に違和感を感じるという。

以上、現代の韓国では漢字はベトナムよりも使われているといえる。上記のように、マスメディアと、看板など空間メディアでは漢字がそこそこ用いられていた。ただし、主として読ませるため(難しめの漢字にはハングルが添えられる)、あるいはあくまでも雰囲気を出すだけのための漢字使用であり、現在の韓国語を個々人が自主的に書くための漢字ではない。

ベトナムの実際については、かつての連載(第89回~第118回)を参照していただきたいのだが(⇒目次へ)、そことの違いの一つに、韓国は市内に寺院が見当たらないことが挙げられる。山まで登らないと、仏教、道教、宗教化した儒教などの寺社、宗教施設の漢字がなかなか見つからないのは、韓国の大都市らしい特色といえる。

漢字圏といっても、漢字が現に読める人の比率はどうなっているのだろうか。漢字を対象とする国としない国とに分かれており、いわゆる識字率というものは、計算法の問題と合わせて別に考えないといけない。韓国では、漢字教育が復権をみたそうだが、漢字を読める人の割合はベトナムよりは多く、日本よりは少ないようだ。世代間の凹凸の形にも差が感じられる。

自国語に用いられる主たる文字(使用頻度順。各国で作られた国字は漢字に含める)について、主な特徴を大づかみにまとめると下記のようになる。「・」は併用、「(  )」は稀に見られる程度の使用を表す。アラビア数字、ふりがな・発音を注記するピンインの類、多言語表示における他言語の表示については、ここでは除いておく。

  メディア(歴史・公的場面~現代・私的場面)
古典復刻 公文書 新聞・テレビ 看板・包装 日記
中国 漢字 漢字 漢字 漢字・ローマ字 漢字
日本 仮名・漢字 仮名・漢字 仮名・漢字 漢字・仮名・ローマ字 仮名・漢字
韓国 ハングル
(漢字)
ハングル ハングル
(漢字)
ハングル(漢字)
・ローマ字
ハングル
北朝鮮 ハングル
(漢字?)
ハングル ハングル ハングル
(漢字)
ハングル
ベトナム ローマ字
(漢字)
ローマ字 ローマ字 ローマ字
(漢字)
ローマ字

筆者プロフィール

笹原 宏之 ( ささはら・ひろゆき)

早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』、この連載がもととなった『漢字の現在』(以上2点 三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、『日本人と漢字』(集英社インターナショナル)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。『漢字の現在』は『漢字的現在』として中国語版が刊行された。最新刊は、『謎の漢字 由来と変遷を調べてみれば』(中公新書)。

『国字の位相と展開』 『漢字の現在 リアルな文字生活と日本語』

編集部から

漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。