漢字の現在

第194回 揺れ動く「箞:ウツボ」の字体

筆者:
2012年6月15日

県庁の方が先に校舎に入って話をして下さる。校内に、ウツボの字がたくさんあるので、写真も自由にどうぞ撮って、とのお許しを頂け、それに甘え、個人が特定されないものを記録する。大隈さんの地元だけに早稲田のネームバリューが大きいのだそうだが、大学の名などというものよりも同行してくれた県庁のご威光のほうが大きそうだ。

竹巻旧 下は巳か?

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【 竹巻旧 下は巳か?】

ソ氾ーシ

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【ソ氾ーシ】

ハ氾はねないーシ

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【ハ氾はねないーシ】

校長先生からは元教育長にもお話を、とのお言葉、偶然性は減ってしまうが、かつての電子政府事業のときの現地調査のことを思い出す。また伊能忠敬は、錦の御旗を頂いてからは、全国の地図作りのための測量作業が支障なくスムーズに行えたそうだ。

巻木 電柱には概して誤字・代用字が多い。

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【(右)巻木 電柱には概して誤字・代用字が多い。】

さらに学校の周りで写真を撮ってみたところ、さらに自由な字体の幅の現実が確かめられた。「うつぼ木上踏切」など仮名表記も見られたが、それらは誰でも読めるようにと変えたものだろうか。

竹巻

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【竹巻】

「うつぼ」というと、海の「鱓鱓(魚+単))」の和名「ウツボ」を思い出す。その魚名の語源は、肩や腰に掛けて運ぶ矢を収める容器である「靫」(うつぼ。ゆき・ゆぎ とも)に、長い体が似ているからだという説のほか、空洞すなわち「うつほ」(うつぼ)に喩えうる岩穴に潜む習性からという説もあるそうだ。また、植物のウツボカズラもあるが、これはもっと遅くなっての命名のようだ。

ソ巳 構成要素の形に、あらゆる組み合わせが出るか。

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【 ソ巳 構成要素の形に、あらゆる組み合わせが出るか。】

木の空洞が「うつほ」(空穂)と呼ばれたことは、かの『宇津保物語』からもうかがえる(ただ、この作品の現存するテキストには、新しめと見られる語の用例が含まれている)。おそらく「うつろ」「うつお」から生じた武具の「うつぼ」の語が、これらすべての元になっているのだろう。

この語には、古来、漢字表記が定まらず、種々の位相文字(集団文字)が使用された。『伊京集』『天正十八年本節用集』などにすでに「箞」の字種・字訓が現れていた。中古、とくに中世以降、このウツボにはぴったりな漢字が見つからなかったが、仮名表記では満足しない層がいくつもあったようで、「椌」(仙台の地名では、別に「ごうら(ぎ)」)「(竹×中)」「箜」などそれらしい字のほか、「(竹×賦)」「(ウツホを縦に並べた合字)」(後に豊竹古靱太夫(とよたけ こうつぼだゆう)の名の表記にも応用された)などの造字も各種の文献上であてがわれていた。天正十七年本『節用集』にも、「日本始テ作之故字ノ説甚タ多シ」として、8種の表記を示している。

『厳木町史』の資料編か何かには、「空穂木」と書いた近世文書もあるとのお話だ。『厳木町史(か村史)』には、明治のガリ版刷りのものもあったが、今回は急なことで出てこなかったそうだ。この地は、幕末から明治初めには、家が15軒程度しかなかったとのことだ。しかし、その後、近隣の炭坑のために、生徒が一学年1800人にまで増え、小学校の近くに文房具店や印刷所まであったと元教育長が話されると、校長は「すごさ~」と方言で驚かれる。今は各学年20人余りだそうだ。校長先生は、子の名をすべて覚えているようで、読みにくい名も読み方を教えて下さった。

筆者プロフィール

笹原 宏之 ( ささはら・ひろゆき)

早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』、この連載がもととなった『漢字の現在』(以上2点 三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、『日本人と漢字』(集英社インターナショナル)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。『漢字の現在』は『漢字的現在』として中国語版が刊行された。最新刊は、『謎の漢字 由来と変遷を調べてみれば』(中公新書)。

『国字の位相と展開』 『漢字の現在 リアルな文字生活と日本語』

編集部から

漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。