済州島を巡るバスの車内モニターに映った動画に、「城邑」と出た。この地名では、「邑」という字がきちんと意味を持っているようだ。この島にも民俗村が設けられていた。バスは雰囲気だけを動画で流して、そこを通過する。
島の名前である「済州島」と、行政区画としての「済州道」とは、韓国語では同音となり(細かくは道の方が母音が伸びるが、長短の区別も失われつつある)、ハングル表記でも区別を失う。文章中においても、文脈で必ず区別できるとは限らない。
済州島でもらった日本語の名刺には、明朝体で「市」や「許」の1画目が縦線や横棒ではなく点、「内」という字は旧字体となっていた。
「冬蟲夏草」「濟州道(しんにょうの点は1つ) 西歸浦市」ともあり、繁体字が多いが、「口座番号」の4字目は簡体字(略字・新字体)である。裏面を見ると、そこには「領收證」、「上のよう 丹を領收します.」とある。日本式略字の「円」はこの地では見慣れず、あるいは活字リストに見つけられず、形が似ている「丹」を入れたのだろう。
教育関係の方々と交わした名刺には、中国や台湾の人向けなのか、康煕字典体の漢字が目立つ。「教(十をメ 旧)授(ツは下に開く 旧)」と印刷している韓国の人もいらした。「ソウル」やアパート名の部分は、ハングル表記だけという人もいらした。
中国人でも、「鄭(続け字)州大学」と繁体字で印刷された名刺を渡して下さる人がいた。ロゴだろうか、標準的な字体として法律で定められている簡体字ではない。
若い韓国人女性の名前に「孝順」があった。儒教的で、良い家のお嬢さんなのだそうだ。日本でも、昔ながらの「子」のつく女性は、成績がよい、虫歯が少ないといった調査結果を目にしたことがあるが、こうしたことを断定するためには、相当な規模の標本が必要なのだろう。
奥さんが名刺を管理しているという中国の先生もいらした。訛りが強い中国人女性だった。そして漢字など知らなくても、中国語を話せる人は、中国にはたくさんいる。
五つの味が混じり合った五味子茶の箱には、「茶(くさかんむりは十十)」が教科書体と古印体のような書体で、ハンコのように印刷されていた。日本人向けに、ゴシック体で「長時間熟成’発酵させたお茶で(改行),」などとある。改行の禁則が働いていないうえに、「,」を「’」と間違えて入れてしまった誤植が目に付く。
「漢方」の「漢」と、「高級」の「級」が旧字体となっているのは、字体の細部については妥協した結果だろうか。日本でも意図的かどうかはともかく同様の代用行為は見られ、IVSなどが実現するとは思えなかった時期、JIS用語では「包摂」と呼ばれたものだった。
「飲用方法」が明朝体で記された紙には、「飮み方法」「飲んで」「飲ん下さい」(ママ)と、JIS漢字の不統一に起因するような新旧字体の両用が見られる。日本語の印刷では珍しい韓国語風な分かち書きも、ところどころに施されている。そうした外国人による表記は、日本語の文字をコントロールすることの難しさをよく表している。そのような文字に関する不備とはうらはらに、このお茶はさっぱりと甘めでおいしい。
簡体字の中では、「平(旧)」が明朝体・ゴシック体で現れている。日本では平凡社の社名でお馴染みのそれである。ゴシック体の「麗」は簡体字になっているが、なぜか「(麗-鹿)」と線が切れて設計されてしまっている。これも韓国で出回っているフォントのいたずらの一つだろうか。