第284回で、「1F」が各国で「訓読み」されると述べた。ほかにも、「etc」は「エトセトラ」のほか、アメリカ人でも「アンドゥ・ソウ・オン」などと読む人がいるそうだ。日本では「などなど」「エトセトラ・エトセトラ」、中国では「deng3deng3」(等々)といった読みもなされている。
いよいよ済州島行きの飛行機に乗り込む。「エコノミークラス」は、もう少し良い名前はなかったのだろうか。「経済(舟+倉簡体字)」は中国語であり、韓国語では「一般席」とハングルで書いてある。鉄道の「自由席」は、「指定席」よりもむしろよい名前を付けたものともいえそうだ。
大韓航空機の機内では、トイレに「座席」だけが漢字で書かれていた。これは、誰のための表記なのだろうか。
機内雑誌にはハングルばかりである。道中をともにする小学2年生は、そのハングルを見て「記号」、「何て書いてあるの?」「文字なの?」と尋ねる。「入口」をハングルで書いた「입구(ipku)」は「すごい変な」なんとか、と言っていた。
近ごろ、女子学生は、ハングルをかわいいと言う。漢字はカクカクしているが(とくに明朝体は、という)、ハングルは丸があって可愛いと何人もが言う。韓流ブームのお陰もある。漢字も、隷書や楷書に変わる前は丸かった。明朝体と比べれば、丸ゴシック体はもちろん、ゴシック体さえもかわいいという。筆字らしさは、かわいさからほど遠く、古くさいのだろう。
彼が日本語を探すと言って、見回すと、「あった」。
300-600
表意文字であるアラビア数字だ。「51」も、日本人でも読めるからとのこと、確かにそう言える。「韓紙」への「ハンジ」というルビなども指摘する。そう言われて改めて見ると、確かに日本語の部分は文字体系がにぎやかだ。意味と読みとをおおまかに示せる。ハングルの中に、「名車」など、簡単な漢字だけ突然現れる。韓国人読者に対して目立たせるため、語義を特定するため、そして日本のように高級感を感じさせるためなのだろうか。
この飛行機も出発がまた遅れ、2回連続で、出発前の機内食となった。
非常口のことを「非常門」と、ハングルで書いてある。日本語の「非常口」と中国語の「太平門」を取り混ぜたようだ。これは、街中でも書いてあった。
こうして数日の間に、抑揚の激しい声調言語である中国語の世界から、日本語の東京式アクセントの世界に戻り、韓国の無アクセントである標準語の世界へと移動する。かつて「案内(アンネ)マルスムル トゥリゲッスムニダー」と、金浦空港に響くテレビの映像で聞いた女性アナウンスの韓国語はアクセントはなくとも美しかった。日本語でも大阪のアクセントは抑揚の幅が大きい。韓国語も、釜山などアクセントを維持する地方もあるが、済州島方言はどうなのだろう。
手数料がかからない空港内で、日本円をウォン(圓)に換金しよう。銀行の封筒には、「濟州銀行」というゴシック体と、それにさらにデザインを加えたようなロゴがプリントされている。その日本語部分には、「両替(所の旧字体 左上部分がつながるもの)の位置案内(ここは新字体)」、「出國換錢(所の旧字体 左上部分がつながるもの)」、「龍潭2洞」と、ゴシック体で印刷されている。
「樂しいご(旅 |はレとハネる)行になりますように.」と明朝体で記されているのには、異国情緒が感じられる。こうしたことについては、現地にだって日本語に詳しい人はたくさんいるだろうに、と多くの人が不思議がるところだ。表内に並ぶ「日字(Date)」「使用内譯(Used)」「殘額(Rest)」は、意図したところは何語だったのだろうか。
手提げ袋に「名品」とある。やはり簡単な漢字だ。ハングルの中で、ハンコのような陰文で「美」とだけあるビニール袋ももらった。韓国社会では、概してカワイイことよりも美しいことに価値が置かれる。一方、成績の中で中位を占める「美」はハングルとなって、日本人がドレミのミの意味を解さないのと同様に、「美」であることが忘れられつつある。