第12回に引き続き、文部省が発行した教育錦絵について話を進めます。前回では伝統的な色彩の濃い内容の錦絵をご紹介しましたが、今回は文明開化の影響が濃く表れたものの一つ、4の「西洋器械発明者の像」についてみていきます。
先の文部省布達に「各四十七種の絵草紙は、西洋器械発明者の像、及び本邦児童の遊戯に、勧戒発明(注:善を勧めて悪を戒め、ものの道理を明らかにすること)を示せし摺物(すりもの)等なり」とあることから、まず初めに頒布したかった錦絵が、これら西洋器械発明者の像であったことが分かります。科学技術の分野で後れを取っていた日本としては、一刻も早くこの分野で活躍できる人材が育つことを求めていたのでしょう。蒸気機関の技術を改良したジェームズ・ワットや水力紡績機を発明したリチャード・アークライト、イタリアの画家ティツィアーノやアメリカの物理学者ベンジャミン・フランクリンなど産業革命や西洋文明に貢献した偉人のエピソードを、絵解きで紹介したのがこのシリーズです。
これらの話は実は、中村正直(なかむら・まさなお)訳の『西国立志編』(明治4年発行)からの引用であることが明らかになっています。当時『学問ノススメ』と並び、大ベストセラー(何しろ人口3千数百万の時代にミリオンセラーだったのです)となったこの本は、維新はなされたものの生き方の指針に惑う若者に、大きな影響を与えました。
原著はS・スマイル著 “Self-Help”(『自助論』)で、幕府の瓦解で英国留学から急きょ呼び戻された幕臣中村が、イギリスの友人から贈られたこの本を帰船の中で翻訳しました。「天ハ自ラ助ルモノヲ助ク」つまり、自主自立して他人の力に頼らない生き方を示し、たとえ貧しく、身分が低くても志を持ち、努力、勤勉、忍耐の力を有することで成功を導いた偉人の例を多数あげた啓蒙書で、明治の多くの起業家がこの本に触発されました。
文部省もブームの『西国立志編』がこれからの子どもの教訓話に適していると考え、教材として取りあげたのでしょうが、中には子どもに読み聞かせするのにいかがなものかと首をひねる部分もあります。
例えば、このアークライトの話で記されているのは、 「研究にお金がかかり、そのことに憤った妻が機器を壊してしまう。怒ったアークライトは妻を家から追い出すが、その後成功して金持ちになる」といった話の展開と結末なのです。『西国立志編』からの抜粋ではあるのですが、なぜこの部分が教訓的なのか、疑問に思うのは私だけでしょうか。