人名用漢字の新字旧字

第167回 「尚」と「尙」

筆者:
2018年10月4日

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、小部に旧字の「尙」が収録されていました。その一方、新字の「尚」は標準漢字表には含まれていませんでした。昭和17年12月4日、文部省は標準漢字表を発表しましたが、そこでも旧字の「尙」だけが含まれていて、新字の「尚」は含まれていませんでした。

昭和21年11月5日、国語審議会は当用漢字表1850字を、文部大臣に答申しました。この当用漢字表で、国語審議会は、旧字の「尙」を削除してしまいました。当用漢字表は、翌週11月16日に内閣告示されましたが、やはり「尚」も「尙」も収録されていませんでした。昭和23年1月1日、戸籍法が改正され、子供の名づけは当用漢字1850字に制限されました。この時点で、新字の「尚」も旧字の「尙」も、子供の名づけに使えなくなってしまったのです。

当用漢字表だけでは子供の名づけに足りない、という国民の声を受けて、昭和26年5月14日、国語審議会は人名漢字に関する建議を発表しました。この建議は、子供の名づけに使える漢字として新たに92字を追加すべきだ、というもので、この92字の中に新字の「尚」も含まれていました。翌週25日、この92字は人名用漢字別表として内閣告示され、新字の「尚」が子供の名づけに使えるようになりました。

昭和56年3月23日、国語審議会が答申した常用漢字表1945字には、新字の「尚」が収録されていましたが、旧字の「尙」はカッコ書きにすら入っていませんでした。昭和56年10月1日に常用漢字表は内閣告示され、新字の「尚」は常用漢字になりました。その一方で旧字の「尙」は、常用漢字にも人名用漢字にもなれなかったのです。

平成16年4月1日、法務省民事局は『戸籍手続オンラインシステム構築のための標準仕様書』を通達、合わせて戸籍統一文字を発表しました。戸籍統一文字は、電算化戸籍に用いることのできる文字で、当初の時点では、漢字は55255字が準備されていました。この55255字の中に、「尚」と「尙」が含まれていたのです。つまり、コンピュータ化された戸籍の氏名には、「尚」も「尙」も使えるよう、システム上は設計されているのです。けれども法務省は、出生届には新字の「尚」しか許しませんでした。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、新字の「尚」と旧字の「尙」を含んでいました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、新字の「尚」に加え、旧字の「尙」も書けるようになりました。これに対し、日本人の子供の出生届には、新字の「尚」はOKですが、旧字の「尙」はダメなのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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