こどもが動物園で初めてカバを見て、「これは何?」と聞いた時に、大人が「カバだよ」と答える場面を想定してみましょう。この場合「カバ」という語によって指し示されている具体的な動物=「モノ」がそこにいるカバですが、「カバ」はそこにいる動物のみに与えられている名前ではなく、同じような動物全体を指す「語」です。その動物園にカバが2頭いたとして、それぞれに「カバ1」「カバ2」という名前をつけていくのではなく、どれも「カバ」という動物としてとらえるということですが、ここでは「カバ」という語があって、その語に対応する「具体的なモノ」がある、ということに話題を絞りたいと思います。
「ことばは世界をのぞく窓」という表現がありますが、カバという動物がいるから「カバ」という語がある。「カバ」という語があることによって、カバという動物が、その言語体系の中に存在するようになる、これはたしかなことです。今回は「語」とその「指示対象=語が指し示すモノ」との関係について考えてみましょう。
「クサカリキ」という語は現代日本語でごく一般的に使われています。「アミキ」も使われていると思いますが、使われる頻度は「クサカリキ」ほどではないかもしれません。『朝日新聞』の1985年以降の記事に「編み機」で検索をかけると455件、「編機」で検索をかけると130件のヒットがありますが、「草刈り機」で検索をかけると1,366件、「草刈機」で検索をかけると171件のヒットがあり、少し使用頻度に差があるようにみえます。(編集部注:ヒット数は原稿執筆当時のもの)みなさんもすぐに予想がつくと思いますが、それは編み機がひろく使われていないことが理由でしょう。日常生活で編み機がよく使われるのであれば、編み機が話題になることが多くなります。当然「アミキ」という語が使われる頻度があがります。
さて『日本国語大辞典』の見出し「あみき」「くさかりき」はどのように記述されているでしょうか。
あみき【編機】〔名〕編み物をする機械。
くさかりき【草刈機】〔名〕草を刈り取るのに用いる機械。螺旋状に巻いた数枚の刃の回転によるものと、多数の三角形の刃の速やかな往復運動によるものとがある。*がらくた博物館〔1975〕〈大庭みな子〉よろず修繕屋の妻「草刈機なんかも、売っているようなのではない、石ころをとりのけたり特別長い草を鋏でちょんと切ったりできるようなのよ」
見出し「あみき」は語釈も簡単で使用例も示されていません。見出し「くさかりき」には大庭みな子が1975年に発表した『がらくた博物館』における使用例が掲げられています。
「アミキ」「クサカリキ」は「アミ+機」「クサカリ+機」と分解できます。「アミ」「クサカリ」は和語で「キ」は漢語なので、和語と漢語との複合語です。漢語「機」が「~機」のかたちでひろく使われるようになって、あまり多くはない、「アミキ」「クサカリキ」という和語と漢語との複合語が使われるようになったと思われます。「機」はもちろん「キカイ(機械)」の「キ(機)」ですから、最初は「ヒコウキ(飛行機)」のような大型の機械をあらわす語の一部として使われ始めたはずです。「ヒコウキ」について言えば、「ヒコウキ」の前には「クウチュウヒコウキ」という語が使われていました。『日本国語大辞典』の見出し「くうちゅうひこうき」には1891(明治24)年9月19日の『郵便報知新聞』の記事、夏目漱石『三四郎』(1908年)、永井荷風『冷笑』(1909~1910年)の使用例が掲げられています。『郵便報知新聞』と夏目漱石は「空中飛行器」、永井荷風は「空中飛行機」と文字化しています。「クウチュウヒコウキ」という語は〈空中を飛行する機械〉という語構成にみえます。現在では「空飛ぶ車」がいろいろと話題になっていますが、「ソラトブクルマ」はまだ1つの語になっていないように感じます。実際に商品化されるようになったら、「飛行自動車」というような語ができそうですね。
話を戻しましょう。『読売新聞』の1971(昭和46)年4月17日の記事に、江戸川区がこの年の1月から「あき地をきれいにする条例」をスタートさせ、自動草刈り機5台を買い入れて、貸し出すサービスを始めたことが記されています。このあたりが草刈り機が日常生活において使われるようになった頃だとすると、大庭みな子の使用ともだいたい呼応することになりますね。
現在では「扇風機」はむしろ古くなりつつあり、「空気清浄機」や「食洗機」などさまざまな小型の機械が「~機」という名前で日常生活において使われるようになっています。ちなみにいえば、『日本国語大辞典』には「でんきせんぷうき(電気扇風機)」という見出しがあり、1922(大正11)年に出版されている『現代大辞典』の例があげられています。『日本国語大辞典』には「しょくせんき(食洗機)」という見出しがありません。第3版がつくられた時には見出しになっているのか、いないのか。そんなことを考えるのもおもしろいかもしれません。