タイプライターに魅せられた女たち・第99回

メアリー・オール(8)

筆者:
2013年9月26日

1898年7月7~12日、ワシントンDCで開催された全国教育協会(National Educational Association)の第37回総会に、オール女史は参加していました。アメリカ中の教育関係者が集まるこの総会で、実行委員長のシェパード(Irwin Shepard)のもと、ウィックオフ・シーマンズ&ベネディクト社は、総会でのタイピング業務を無償でおこなっていました。オール女史は、この業務のために、速記反訳のできる女性タイピスト数人を連れて、7月初めから現地入りしていました。ここで、オール女史と女性タイピストたちは、総会や各セッションの草稿、速記録の反訳、プレス発表のための各種原稿をタイピングし、必要があれば印刷所に回したり、あるいは大量のカーボンコピーを作ったりしていました。ウィックオフ・シーマンズ&ベネディクト社は、「Remington」タイプライターを宣伝するために、この無償援助をおこなったのですが、オール女史にとっては、むしろ女性タイピストそのものを宣伝するものでした。

翌年の1899年7月11~14日、ロサンゼルスで開催された全国教育協会の第38回総会にも、オール女史の姿がありました。この総会では、各種の委員会が事前開催あるいは併催されたのですが、それらの委員会に対しても、オール女史ひきいる女性タイピストたちは、大量の書類をタイピングし続けました。1900年7月チャールストン(サウスカロライナ州)での第39回総会、1901年7月デトロイトでの第40回総会、1902年7月ミネアポリスでの第41回総会と、毎年開催される全国教育協会総会に、ウィックオフ・シーマンズ&ベネディクト社は、女性タイピストたちを派遣し続けました。その都度、オール女史は事前に現地入りして、シェパードら実行委員会と共に事務局の設営をおこない、会期中は女性タイピストたちを指揮・監督しました。これらに加えて、全国教育協会の各州での会議や学会にも、オール女史は、女性タイピストたちを派遣しました。

全国教育協会総会への周遊旅行案内と「Remington Typewriter」の広告(『Hocking Sentinel』1901年6月27日号)
全国教育協会総会への周遊旅行案内と「Remington Typewriter」の広告(『Hocking Sentinel』1901年6月27日号)

オール女史ひきいる女性タイピストたちは、「Remington Typewriter」の名を、アメリカ中の教育関係者に広めました。それと同時に、オール女史は、各州の教育関係者に、タイピスト学校の設立をはたらきかけたのです。全国教育協会と全国女性速記者協会、その両方での活動を通じて、オール女史は、女性タイピストによる女性タイピスト教育を確立していきました。そして、アメリカ中のオフィスに女性タイピストを送り込むべく、オール女史は、全米各地で活動を続けていったのです。

メアリー・オール(9)に続く)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

近代文明の進歩に大きな影響を与えた工業製品であるタイプライター。その改良の歴史をひもとく連載です。毎週木曜日の掲載です。とりあげる人物が女性の場合、タイトルは「タイプライターに魅せられた女たち」となります。