明解PISA大事典

第2回 グローバル・スタンダード PISAはグローバル・スタンダードなのか?

筆者:
2009年5月15日

PISAはグローバル・スタンダードの学力を測定するテストだという。グローバル・スタンダード、つまり国際規格の学力ということだ。

そのようなことが本当に可能なのだろうか?

数学と科学なら可能なような気がする。しかし読解力では難しそうな気がする。読解力といえば言葉が勝負だ。言葉の違いは翻訳で克服できるのか? 同じ文章を読んでも、文化が違えば受け止めかたも違うのではないか。

PISAの読解力というと、日本は当初より成績がふるわない。その理由として、欧米的な発想のテストだ、日本人には向かない、日本語は特殊なんだ――というように、文化と言語の違いを強調するむきもある。

たしかにPISAの公開された問題を見るかぎり、少なくとも日本的ではない。落書きがいいか悪いかなどという下らない議論を、日本のだれがやるものか。こういう益体もないことを理詰めでやりたがるのは、いかにも欧米的である。欧米のスタンダードを「グローバル・スタンダード」というのはおかしいのではなかろうか。

この点について、私は公開の国際研究会で(1)、PISAの関係者に問いただしたことがある。問いただした相手はACER(オーストラリア教育研究センター)のメンデロビッツ研究員。ACERとは、PISAの読解力の統括を行っている機関。メンデロビッツ研究員はPISAに関わるプロジェクトの責任者である。

メンデロビッツ研究員によれば、たしかに読解力で「文化」は重大な要素であるという。だが、文化的に中立なテキストを用いると、問題として味気なくなってしまう。だからPISAの読解力では「多文化主義」を目指しているのだという。そのために、できるだけ多くの国から問題を募集しているというのだ。

それにしては欧米的な発想の問題ばかりではないか――と私は反論した。

多くの国から問題を募集しているのかもしれない。欧米以外の国も問題提出できるのかもしれない。PISAの読解力に日本文学が出題されることも夢ではないのかもしれない。しかし、OECD加盟30カ国のうち28カ国は欧米圏であり、非欧米圏は日本と韓国の2カ国だけである。多文化主義を標榜しつつも、結局は数の論理で「欧米のスタンダード」=「グローバル・スタンダード」にしているのではないか?

雰囲気が緊迫したそのとき、韓国の研究者がおもむろに手を挙げた。

「日本は成績が悪かったから、そんなことを言っているんじゃないか?」

やられた――と思った。韓国を少数派の仲間と信じて油断した。もちろん成績が悪かったから言っていたわけではないが、そう言われては立つ瀬がない。

絶句する私を尻目に、韓国の研究者は自国の取り組みについて得々として語った。「韓国の文化は欧米的なのかもしれません」などと皮肉をまじえつつ……(2)

その国際研究会から1年ほどのち、2006年PISAの結果が発表された。

読解力で韓国は堂々の第1位。日本は第15位。PISAの読解力が欧米的であろうとなかろうと、非欧米圏の韓国は結果を出したのである。順位を競うことが目的ではないとはいえ、これまた「やられた」という感じだ。

PISAの読解力が多文化主義を目指しているのは事実である。だが、まだ「目指している」ところであって、現状は模索中といったところなのだろう。

* * *

(1)2006年8月6日 読解リテラシー国際研究会「読解リテラシーの測定、現状と課題~各国の取り組みを通じて~」於東京大学
(2)Sokutei Report Vol.4「2006年度・8月国際研究会報告書」
東京大学大学院教育学研究科 教育研究創発機構 教育測定・カリキュラム開発講座編

筆者プロフィール

北川 達夫 ( きたがわ・たつお)

教材作家・教育コンサルタント・チェンバロ奏者・武芸者・漢学生
(財)文字・活字文化推進機構調査研究委員
日本教育大学院大学客員教授
1966年東京生まれ。英・仏・中・芬・典・愛沙語の通訳・翻訳家として活動しつつ、フィンランドで「母語と文学」科の教科教育法と教材作法を学ぶ。国際的な教材作家として日芬をはじめ、旧中・東欧圏の教科書・教材制作に携わるとともに、各地の学校を巡り、グローバル・スタンダードの言語教育を指導している。詳しいプロフィールはこちら⇒『ニッポンには対話がない』情報ページ
著書に、『知的英語の習得術』(学習研究社 2003)、『「論理力」がカンタンに身につく本』(大和出版 2004)、『図解フィンランド・メソッド入門』(経済界 2005)、『知的英語センスが身につく名文音読』(学習研究社 2005)、編訳書に「フィンランド国語教科書」シリーズ(経済界 2005 ~ 2008)、対談集に演出家・平田オリザさんとの対談『ニッポンには対話がない―学びとコミュニケーションの再生』(三省堂 2008)組織開発デザイナー・清宮普美代さんとの対談『対話流―未来を生みだすコミュニケーション』(三省堂 2009★新刊★)など。
『週刊 東洋経済』にて「わかりあえない時代の『対話力』入門」連載中。

編集部から

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