『三省堂国語辞典 第六版』に、「庭先渡し(にわさきわたし)」という、ちょっと聞きなれないことばが載りました。この経緯についてお話ししましょう。
「庭先渡し」は、第六版では次のように2つの意味に分けて説明してあります。
〈〔経〕1 商品を生産者の・庭先(仕事場)で手わたすこと。2 商品を買い手の庭先まで とどけて手わたすこと。〉
たとえば、こういうことです。店で買えば1000円の竹かごが、かご職人の仕事場まで出かけて行って買えば、800円で買えるとします。このとき、「生産者の庭先渡しで800円」と言います。庭先渡しだと安くなるのです。これが、上記の1の使い方です。
また、竹かごを店に頼んで家庭まで配達してもらうこともあります。配送料が200円かかるとします。この場合、「庭先渡しで1200円」と言います。上記の2の使い方です。
「庭先渡し」の「庭」は、もともと〈屋敷の中の、仕事などをする・場所(土間)〉のことでした(『三国』の「庭」を参照)。したがって、「庭先渡し」の本来の意味は、生産者の庭先で手渡すことだったと考えられます。それが、いつしか、買い手の庭先で手渡すという意味が別に生じたのでしょう。
このようにややこしいことばですが、『三国』では、第三版(1982年)の「庭先」の用例として、説明なしで「庭先渡し」が載りました。さすがに用例だけでは分かりにくく、第三版刊行後、執筆陣から「不十分」という意見が出ました。主幹だった見坊豪紀(けんぼう・ひでとし)は、その意見をカードに書き留めていますが、原稿の訂正が実現しないまま死去しました。今回の第六版で、ようやく上記のような語釈が加わりました。
もっとも、今や、「庭先渡し」は一般的なことばではなくなりました。日本経済新聞の方に伺ったところによれば、記事ではごくたまにしか使われなくなっているということでした。以前使っていた業界も、現在では使わなくなっているそうです。とすれば、黙ってこの用例を削れば、それですむことかもしれません。
でも、むずかしいことばを用例として示した以上、その意味を説明する責任があります。また、対照的な2つの意味を持つ特異なことばであると明らかにする必要もあります。このことばが消えてしまう前に項目を立てたことは、意義があったと考えています。