三省堂国語辞典のすすめ

その80 キミのキャリーバッグ、車ついてる?

筆者:
2009年8月12日

街で「キャリーバッグ」と称するものを引きずって歩く人を多く見かけるようになりました。『三省堂国語辞典 第六版』では、類書に先がけて新規項目に採用しています。

〈旅行などに持っていく大形のバッグ。車がついて、ひきずって歩けるものも ふくむ。〉

もっとも、この語釈を読んで、「なんだか遠慮がちな書き方だ」と思う人もいるかもしれません。「〈……ものも ふくむ〉とあるが、ごろごろ引きずって歩くのが、むしろふつうではないか?」という指摘がありそうです。

原稿では、当初〈……ものが多い〉としていました。でも、考えた末に直したのです。

今でこそ、Google で「キャリーバッグ」を画像検索すると、引きずるバッグの写真ばかり出てきます。でも、少し前までは違いました。2007年の初めに検索したところでは、「『車・取っ手つき』のものは、ある程度あった」(当時のメモより)ものの、ほかにもさまざまな種類のバッグが出てきました。新聞記事にも、〈ハンドルを引いて、ごろごろ転がして使う〉と説明するものがありましたが、別のバッグを指す用例もありました。

そもそも、「キャリー」は「持ち運ぶ」ということですから、キャリーバッグの形態はいろいろありえます。英語版 Google で「carry bag」の画像を検索すると、肩掛けかばんなど、多種多様なものが出てきます。新幹線車内の電光掲示板では、日本語の(引きずる)「キャリーバッグ」は、英語では「rolling luggage」となっています。

かばんに関する専門のムック『鞄スタイル』の第1号(2006.12)を見ると、引きずるバッグは「トローリーケース」と称しています。ほかにも「キャスター付きラゲージ」「キャリーケース」などともあり、一定しません。かえって、肩掛けかばんの呼び名のひとつに「キャリーバッグ」が使われています。

【『鞄スタイル』第1号より】(2006.12)
【『鞄スタイル』第1号より】
(2006.12)

ところが、約半年後の『鞄スタイル』第2号(2007.7)では、「キャリーバッグ大集合!」という特集が組まれ、載っている写真のほとんどは引きずるバッグです。このムックでは、この号を境に「キャリーバッグ」の定義が変わったものと見えます。

【『鞄スタイル』第2号より】(2007.7)
【『鞄スタイル』第2号より】
(2007.7)

『三国 第六版』の記述は、原稿執筆当時の微妙な状況を踏まえたものです。とはいえ、その後は、ごろごろ引きずるバッグを「キャリーバッグ」と言うことがかなり一般化しました。今から考えると、もう少し断定的に書いておいてもよかったところです。

【これもキャリーバッグだった(『朝日新聞』夕刊 2001.6.7)】
【これもキャリーバッグだった】
(『朝日新聞』夕刊 2001.6.7)

筆者プロフィール

飯間 浩明 ( いいま・ひろあき)

早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。

URL:ことばをめぐるひとりごと(//www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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編集部から

生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され(※現在は第七版が発売中)、各方面のメディアで取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。