三省堂国語辞典のすすめ

その87 水辺のバン。手のひらには乗りません。

筆者:
2009年9月30日

公園の池などで見かける鳥の中に、バン(鷭)というのがいます。俳句などにも出てくるので、『三省堂国語辞典 第六版』に採用しました。全身黒みがかった褐色の鳥で、くちばしが赤く、先が黄色をしています。人の笑い声に似た声で鳴きます。

もっとも、こう説明しただけではうまく伝わらないかもしれません。読者の中には、鵜飼いのウのように大きな鳥か、あるいは反対に、手のひらに乗るような小さな鳥を思い浮かべる人もいるでしょう。大きさに関する説明をしていないからです。

バンの写真
【バンの大きさは?】

動物のイメージを伝えるうえで、大きさは大事な要素です。同じ黒い鳥でも、大形(おおがた)か小形かによって、話はだいぶ変わってきます。ところが、大きさの感じ方には主観的な面があって、説明する人によってばらつきが出てしまいます。「何センチメートル」と数値で示せばよさそうですが、必ずしも具体的なイメージに結びつきません。

そこで、バードウオッチングをする人たちは、「ものさし鳥」という基準を考えました。私たちの身近にいる鳥を基準にして、それより大きいか小さいかを示します。たとえば、「カラスよりやや大きい鳥」と説明すれば、知られていない鳥でもだいたいの感じを伝えることができます。一般的には、スズメ・ムクドリ・ハト(キジバト)・カラス(ハシブトガラス)などが「ものさし鳥」に使われます。

『三国』では、この「ものさし鳥」の考え方を取り入れました。たとえば、ヒヨドリは、今まで〈すこし大形の小鳥〉と、大きいのだか小さいのだか分からない説明になっていましたが、〈ハトより すこし小形の鳥〉と改めました。ムクドリは〈中形の野鳥〉でしたが、〈スズメより すこし大形の野鳥〉と手を入れました。

ほかの鳥との比較を示さない場合、基本的には、スズメ~ムクドリ大の鳥を「小形」、ハト~カラス大の鳥を「中形」、それ以上を「大形」と、統一的に記述することにしました。ハヤブサは〈小形の猛鳥〉となっていましたが、スズメみたいなのを想像されては困るので、〈中形〉に改めました。カラスとハトの中間ぐらいの大きさです。

カラスの写真
【中形の鳥(カラス)】
コクチョウの写真
【大形の鳥(コクチョウ)】

さて、バンですが、これはウやコクチョウのような大きな鳥ではありません。カモよりもまだ小ぶりで、まあ黒いハトといった程度の大きさです。それで、基準に従って、語釈には〈中形の水鳥〉と記しておきました。

筆者プロフィール

飯間 浩明 ( いいま・ひろあき)

早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。

URL:ことばをめぐるひとりごと(//www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】

編集部から

生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され(※現在は第七版が発売中)、各方面のメディアで取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。