タイプライターに魅せられた男たち・第7回

クリストファー・レイサム・ショールズ(7)

筆者:
2011年10月6日

しかし、1873年9月18日、ジェイ・クック商会の預金支払停止に端を発した株価の暴落は、アメリカ全土を恐慌の渦の中に叩きこみました。E・レミントン&サンズ社は、倒産こそしなかったものの、タイプライターの製造を始められる状態ではありませんでした。困ったのはショールズです。ショールズは、タイプライターの特許使用料が入ってくるのを見越して、公共事業委員会の幹事職を辞職していました。しばらくは貯えがあるものの、このままではたちまち困窮してしまいます。

ショールズは、ミルウォーキー・デイリー・ニュース紙の編集に、職を得ました。新聞編集者として働きながら、E・レミントン&サンズ社がタイプライターの製造を始めるのを、じっと待ったのです。そして1874年5月、「Sholes & Glidden Type-Writer」の最初の1台が、ショールズのもとに届きました。時にショールズ55歳。7年に渡る開発を経て、やっとタイプライターは商品化されることになったのです。ただし、E・レミントン&サンズ社は、あくまでタイプライターの製造を請け負っただけでした。タイプライターの販売や宣伝は、ショールズとデンスモアとヨストに任されていました。

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「Sholes & Glidden Type-Writer」1号機

E・レミントン&サンズ社から届いた「Sholes & Glidden Type-Writer」は、外見がまるで足踏み式のミシンでした。構造自体はショールズのタイプライターを踏襲していて、1文字打つたびにプラテンが1文字分ずつ左に移動する仕掛けでした。ただし、ショールズのタイプライターとは違い、フットペダルが追加されていて、フットペダルを踏み込むことでプラテンが右端に移動する仕掛けになっていました。印字は原稿用紙の下側におこなわれるので、打っている途中で時々プラテンを持ち上げて、文章に間違いがないかどうかチェックする必要がありました。印字可能な文字は、大文字のA~Z、数字の2~9と、ピリオド、コンマ、コロン、セミコロン、疑問符、ハイフン、アポストロフィ、アンパサンド、アンダーラインと「」でした。数字の1は大文字のIで、数字の0は大文字のOで、それぞれ代用しました。「」は、電文を受信する際の「段落と段落の区切り」に用いられました。

ただ、E・レミントン&サンズ社から届いたタイプライターには、ブランド名の「Sholes & Glidden Type-Writer」が、どこにも記されていませんでした。その結果、ヨストが、このタイプライターを、「Type-Writer」という名前で宣伝・販売しはじめてしまったのです。発明者のショールズとグリデンは、全く無視された形となってしまったのです。

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タイプライターの宣伝広告(The Nation, 1875年12月16日)

(クリストファー・レイサム・ショールズ(8)に続く)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

安岡孝一先生の新連載「タイプライターに魅せられた男たち」は、毎週木曜日に掲載予定です。
ご好評をいただいた「人名用漢字の新字旧字」の連載は第91回でいったん休止し、今後は単発で掲載いたします。連載記事以外の記述や資料も豊富に収録した単行本『新しい常用漢字と人名用漢字』もあわせて、これからもご愛顧のほどよろしくお願いいたします。