タイプライターに魅せられた男たち・補遺

広告の中のタイプライター(24):Ideal Schreibmaschine

筆者:
2018年1月18日
『Sport & Salon』1902年5月3日号

『Sport & Salon』1902年5月3日号

「Ideal Schreibmaschine」は、ドレスデンのザイデル&ナウマン社が、1900年に発売したタイプライターです。このタイプライターは、ニューヨーク州グロトンのバーニー(Edwin Earl Barney)とタナー(Frank Jay Tanner)が発明したもので、アメリカ特許は、ユニオン・タイプライター社からモナーク・タイプライター社へと引き継がれ、一部は「Monarch Visible」にも使用されたようです。一方、ドイツでは、当初「Ideal Schreibmaschine」という名で発売されましたが、その後にザイデル&ナウマン社が「Ideal B」を発売したため、それ以前の「Ideal Schreibmaschine」は「Ideal A」と呼びならわされるようになりました。ただし、実は「Ideal A」は、コレクターたちの地道な調査によって、現在では少なくとも4種類の異なるモデルが知られており、上の広告のモデルは「Ideal A1」と、下の広告のモデルは「Ideal A3」と呼ばれています。

「Ideal Schreibmaschine」は、42キーのフロントストライク式タイプライターです。円弧状に配置された42本の活字棒は、各キーを押すことで立ち上がり、プラテンの前面に置かれた紙の上にインクリボンごと叩きつけられ、紙の前面に印字がおこなわれます。通常の印字は小文字ですが、キーボード左右端にあるシフトキーを押した状態では、タイプバスケットが少し持ち上がると同時に、プラテンが少し下に移動することで、大文字が印字されるようになります。また、フロントパネルの左端にはシフトロックボタンがあって、シフトキーを押し下げたままの状態にできます。これに加え、特徴的なのがキャリッジリターン機構で、フロントパネル右側のレバーを右に倒すことで、キャリッジリターンと改行がおこなわれます。プラテンに手を伸ばす必要が無いのです。

「Ideal Schreibmaschine」のキー配列は、各国向けごとにバラバラです。下の広告のモデルはフランス向けらしく、いわゆるAZERTY配列です。すなわち、上段の小文字側がazertyuiop^で、中段がqsdfghjklmùで、下段がwxcvbn,;:=です。最上段は锑(-è_çà)と並んでおり、アクセント記号付きの小文字が準備されているのが特徴的です。なお、アクセント記号付きの大文字や「ÿ」等を打つ場合は、バックスペースキー(「Q」のすぐ左)を駆使して、シングルクォートやトレマ等と重ね打ちします。2~9の数字は、最上段のシフト側に配置されていて、数字の0は大文字の「O」で、数字の1は大文字の「I」で代用します。その一方、ドイツ国内向けの「Ideal Schreibmaschine」のキー配列は、基本的にQWERTZ配列でした。イギリスやアメリカ向けはQWERTY配列という風に、それぞれ各国向けのモデルを生産しており、さらには特注のキー配列も受注生産していたようです。

『Typewriter Topics』1907年8月号

『Typewriter Topics』1907年8月号

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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