タイプライターに魅せられた男たち・補遺

広告の中のタイプライター(79):Rapid Typewriter

筆者:
2020年4月9日
『National Stenographer』1890年6月号
『National Stenographer』1890年6月号

「Rapid Typewriter」は、オハイオ州フィンドレーのウェスタン・ラピッド・タイプライター社が、1888年頃に発売したタイプライターです。グランヴィル(Bernard Granville)の発明による「Rapid Typewriter」の特徴は、スラスト・アクションと呼ばれる印字機構にありました。各キーを押すと、対応する活字棒(type bar)が、まっすぐプラテンに向かって飛び出します。プラテンの前面には紙が挟まれており、そのさらに前にはインクリボンがあって、まっすぐに飛び出した活字棒は、紙の前面に印字をおこないます。これがスラスト・アクションという印字機構で、打った瞬間の文字を、オペレータが即座に見ることができるのです。ただし、「Rapid Typewriter」の活字棒は45本で、それぞれに活字が1つだけ埋め込まれていました。45種類の活字は、大文字26種類、数字8種類、記号11種類から成っていて、小文字はありませんでした。

「Rapid Typewriter」のキーボードの最上段には、改行キーと逆方向キーの2つのキーだけがあります。改行キーは、プラテンを初期位置に戻すと同時に、紙を1行分進めます。逆方向キーを押し込んだ状態では、印字後のプラテンの移動が逆方向となり、右から左へと逆向きの印字ができます。ただし、逆方向キーは実際には、キーボード最下段の「SPACE」と組み合わせて、バックスペースとしての使用が想定されていたようです。

「Rapid Typewriter」のキー配列は、いわゆるQWERTYに近いものの、やや特殊なキー配列です。改行キーと逆方向キーの次の段には、?23456789&-が並んでいます。次の段には、_QWERTYUO;:が並んでいます。その次の段には、"ASDFMHJKL|'が並んでいます。その次の段には、,ZXCVBNIGP.が並んでいます。最下段には、やや大きめの「SPACE」だけがあります。シフト機構がないため、小文字は搭載されていません。また、数字の「1」は大文字の「I」で、数字の「0」は大文字の「O」で、それぞれ代用することが想定されていたようです。

当初、70ドルで発売された「Rapid Typewriter」ですが、売れ行きは芳しくなく、1892年には半額の35ドルに値下げしています。大文字しか打てない「Rapid Typewriter」は、当時としても商品価値が低かったのです。また、「Rapid Typewriter」の印字動作は、かなり緩慢としていて、お世辞にもRapidとは言えないものでした。これらに対する改良をおこない、本当に高速で、小文字が打てるタイプライターを作るべく、グランビルは、さらに開発を続けていったのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。