松阪市長の意見書(平成26年1月9日)の続きを見てみましょう。
また,平成15年最高裁決定が考慮した点を見ると,「巫」は平仮名や片仮名の字源とはなっておらず,当該文字を構成要素とする文字は,現在の常用漢字表及び人名用漢字表には掲げられていない。さらに,平成22年11月30日には常用漢字表の改定及び規則別表第二の改正が行われたところであるが,「巫」の字はこの改正にも含まれない文字である。したがって,本件文字について,常用平易性が認められないのは明らかである。
「平仮名や片仮名の字源」というのは、これまた良く分からない主張です。平仮名はせいぜい50字、片仮名もせいぜい50字、合わせても100字程度しかありません。一方、この時点で子供の名づけに使える漢字は、常用漢字2136字、人名用漢字861字、合わせて2997字でした。2997字と100字ですから、どう考えても2897字は、常用平易でありながら「平仮名や片仮名の字源」ではない漢字、ということになります。すなわち「平仮名や片仮名の字源」と常用平易性の間には、何の関係もありません。「巫」を「構成要素とする文字」も、常用漢字表の「霊(靈)」はさておき、常用平易性とは何の関係もありません。「平成22年11月30日」の改正に「巫」が含まれていないのは、当然というか、そもそもこの不服申立の大前提であって、含まれていれば不服申立そのものが成立しません。結局、松阪市長の意見書は、「巫」の常用平易性に関して、全く当を得ないものでした。
平成26年3月24日、津家庭裁判所松阪支部は両親の主張を認め、「天巫」ちゃんの追完届を受理するよう、松阪市長に命令しました。「巫」は、戸籍法第50条でいうところの「常用平易」な文字であり、これを人名用漢字に収録していない戸籍法施行規則の方がおかしい、と審判したのです。津家庭裁判所松阪支部は、以下の観点から「巫」の常用平易性を判断しました。
ア 「巫」の文字は,画数が7画であり,比較的画数が少なく,また,たくみへん(工,部首名)と「人」という単純かつ一般的な構成要素からなる。
「巫」を用いた熟語である「巫女」とは,古来より,神に仕えて神楽,祈祷を行い,又は神意をうかがって神託を告げる者とされ(広辞苑),現代においては,神社神事の奉仕をしたり,神職を補佐する役割を担う者とされており,伊勢神宮のある三重県はもとより,日本全国に神社のある我が国においては,社会一般に十分周知され,比較的使用されることの多い熟語であるといえる。このことは,「巫」の文字は,「漢字出現頻度数調査(3)」(平成19年3月)において2683位,「漢字出現頻度数調査(2)」(平成12年3月)において2592位であることからも明らかといえる。すなわち,平成16年の法制審議会の答申では,「漢字出現頻度数調査(2)」における出現順位3012位内というのが選定の一基準として考慮されている。同順位は,調査の対象書籍385誌における出現回数が200回以上のものであり,これは,平均すると,過半数の書籍に出現する漢字ということができるという前提のもとで設定されており,本件文字は同順位内である。
以上によれば,本件文字の構造は単純で明確であって,その筆記にも格別困難を伴うものでもなく,その説明及び他者による理解も極めて容易な部類に属するものであるし,本件文字について,複雑ないし難解である,あるいは日常目にする機会に乏しく,字義等が知られていないなどの観点から弊害が生じることを想定することは困難というべきである。イ 本件文字はJIS第2水準漢字である。JIS漢字は,コンピューター等における情報交換に用いる文字の符号化を規定した規格であり,昭和53年に通商産業大臣が制定し,その後改正が重ねられている規格であり,その制定当時からあるJIS第1水準及びJIS第2水準の漢字規格は,社会一般において幅広く用いられているものであり,コンピューターによる戸籍事務にも何ら支障をきたすものではない。
筆者としては、「たくみへん」ではなく「たくみ」ではないか、と思うところはあるのですが、とにかく、津家庭裁判所松阪支部は、第2水準漢字の「巫」を「常用平易」だと認めたのです。
(続編第5回につづく)