ところが、この審判に対し、松阪市長は即時抗告しました。津家庭裁判所松阪支部の審判には納得がいかないので、高等裁判所に判断してほしい、ということです。「巫」が「常用平易」かどうか、争いの場は名古屋高等裁判所の抗告審[平成26年(ラ)第127号]に移りました。松阪市長の抗告理由書(平成26年4月21日)は、22ページにも及ぶ長文なのですが、「巫」の常用平易性に関する主張を、一部、引用してみましょう。
平成16年改正及びその後の改正においては,最高裁平成15年決定を踏まえ,常用平易性の有無という観点から,時代の推移や国民一般の要望を考慮し,かつ,学識経験者,実務家等の専門家の幅広い意見と慎重な調査審議に基づいて,常用平易な文字が網羅されて,人名用漢字の具体的範囲が定められたのであり,これに入らない文字については,常用平易な文字に当たらないとの判断が明確に示されたといえる。したがって,常用漢字及び「漢字の表」に掲げられた漢字こそが常用平易な文字であり,現時点において,常用平易性に関する新たな特段の事情がない限り,施行規則60条に列挙されたもの以外の漢字については常用平易とは認められないと解すべきである。しかしながら,本件文字は同条に列挙されていない。すなわち,本件文字については,JIS第2水準の漢字であるため,平成16年改正において検討の対象とされたものの,慎重な検討を行った結果,常用平易性が認められなかったものである。
平成26年8月8日、名古屋高等裁判所は松阪市長の抗告を棄却し、あらためて松阪市長に対して、「天巫」ちゃんの追完届を受理するよう命令しました。両親の完全勝訴です。「巫」は、戸籍法第50条でいうところの「常用平易」な文字であり、これを人名用漢字に収録していない戸籍法施行規則の方がおかしい、と以下のように判示したのです。
子の名に使用できる漢字が増加しているからといって,常用平易な文字の範囲が施行規則60条に列挙されているものに限られるということにはならないのであり,社会通念上,常用平易であることが明らかな文字を子の名に用いることができる文字として定めなかった場合でも,同条が法による委任の趣旨を逸脱してはいないとみることはできないものである。家庭裁判所において,ある漢字が社会通念上常用平易であるかを判断する場合,抗告人が主張する人名用漢字部会による選考過程の判断は尊重されるべきではあるものの,審判手続に提出された資料,公知の事実等に照らし,当該文字が社会通念上明らかに常用平易な文字と認められるときは,当該市町村長に対し,当該出生届の受理を命じることができるものである。
ここで「当該出生届の受理を命じることができる」と判示しているのは、かなり重要な示唆を含んでいるのですが、8月8日の名古屋高等裁判所決定は、あくまで不服申立の形にしたがい、「追完届の受理」を松阪市長に命令するものでした。これを受けて松阪市長は、平成26年8月15日、「天巫」ちゃんの追完届を受理し、戸籍に名を登載しました。
(続編最終回につづく)