『ウィズダム英和辞典』では、英語の書き言葉で用いられる論理展開を示す表現を「読解のポイント」という欄で解説しています。接続語・接続表現・つなぎ言葉・論理マーカー・ディスコースマーカー等々、さまざまな呼び方がありますが、どれも基本的に意味は同じです。「読解のポイント」では接続語だけでなく成句も幅広く含める形で、以下の展開を示す表現を解説しています。
■「読解のポイント」一覧
- 強調 (actuallyの項で、以下同)
- 列挙・追加 (in ADDITION)
- 逆接 (but)
- 例示 (for EXAMPLE)
- 対比 (on the other HAND)
- 推量・可能性 (may)
- 時の対比 (now)
- 類似 (similarly)
- 結果・結論 (therefore)
- 言い換え (in other WORDS)
これ以外にも、例えばhoweverのように
(→but 【読解のポイント】)
と参照を示したものを含めると、100近い語・句にこうした「論理展開を示す語」としての役割について説明を加えています。学習用英和ではもちろん、英和辞典全体として見ても、本邦初の試みです。
■英文の論理展開のルール
論理立った英文には明確な「型」があるとはよく言われます。こうした型は英語ネイティブと言えども自然に体得することはなく、高校や大学などの「アカデミック・ライティング」の授業等を通じて学習した後、レポートや論文でその型を使って実際に書いていくことで身につけるものです。この型の詳細については、アカデミック・ライティングについての教科書に譲りますが、日本の高校生・大学1~2年に教える場合、以下の6点に集約することができます。
(1) 1つのパラグラフでは、1つのことしか述べてはならない
(2) パラグラフ内、また本論の各パラグラフ間は、原則として「抽象的な内容から具体的な内容」の順に論を展開する。(主張が先、根拠が後)
(3) 上記の最大の例外として、「そのパラグラフで最も言いたいこととは逆の内容を一度提示してから、それを否定する形で自説を述べる」というものがある
(譲歩→逆接→主張→理由の展開)
(4) これに似たものとして「対比」の存在がある。すなわち、言いたいことことを際立たせるために、対比的な内容を先に述べてから自説を展開する。特に時の対比(昔は……一方今は……)はよく使われる
(5) 「抽象→具体」以外の論理展開については、論理の転換を示す語を正しく使う必要がある。一方、「抽象→具体」の論理展開は英文の基本形なので、論理の転換を示す語は不要だが、あってもよい(for example、becauseなど)。
(6) 論文の場合、序論・本論・結論 (Introduction/Body/Conclusion) の三部構成とする
読解のポイントは、上記の(5)を、役割別に詳解したものと位置付けることができます。
■接続表現は、文脈把握の出発点である
こうした英文の論理展開の説明をすると必ず受ける反論の一つが、「こうしたことは日本語だろうと英語だろうと、何かを読むときには無意識のうちにやっていることなのだから、あえて英文読解のなかで教える必要はない」というものです。
でも本当にそうなのでしょうか。もちろん、一部の優秀な人はあえて指示されなくても自然に論理展開に注意しながら読めるのかもしれません。が、そもそも英語のネイティブスピーカーでさえ、論理展開の型は母語の話し言葉のように自然に習得することはありません。ましてや外国語として英語を学ぶ日本の高校生や大学生に、接続表現への注意を喚起することは、助けにこそなれ、害になることは決してないでしょう。
しかし、英文の論理展開において接続表現に注意が必要な最大の理由は、これとは別にあります。
それは英語という、多義語が非常に多い言語において、一部の専門用語を除いてほとんど唯一「文脈に依存せずに意味を決定できる語」が、こうした接続表現だという点にあります。上にあげた接続表現は、いわば「文脈判断の出発点」なのです。
英語が多義語の多い言語、言いかえれば文脈依存度の高い語が多いことはよく知られています。
例えばoperationという単語ひとつとっても、
1 手術 2 活動 3 企業 4 演算処理 5 作動 6 軍事行動
と分野によって大きく異なる意味を持ちます。
このため、he had an operation / our operation here began in 2004
だけでは、上記のどの意味で使われているのか、定かではありません。
しかし、これが
- My father had a heart attack; however, he had an operation and is totally fine now.
- Our operation here began in 2004, and now we are planning to set up a new plant in the suburbs of Shanghai.
という文脈とともに示されたとき、読み手は
「heart attackと〈逆接〉でつながるようなoperationなのだから、このoperationはきっと『手術』のことなのだろう」
「2004年にoperationが始まり、現在は上海郊外に新工場を検討中という〈時の対比〉なのだから、このoperationは「操業、企業活動」といった意味だろう」
という具合に思考を働かせます。
論理展開を示す語の文脈依存度が低いということは、文脈によって意味がぶれないことを意味します。そのため、これらの語を文脈判断の出発点にして、文脈依存度の高い語の意味を決定していくというのが英語の読み方です。
こうしたことから、英文においては接続表現に注目することが非常に重要であり、読み手は接続表現の意味を手助けにしながら、文脈のなかでの単語の意味を決定していくのです。
このことをよりよく理解するため、日本語の文と比較してみたいと思います。
上記の文を日本語にした場合、
「父は心臓発作を起こした[ ]、手術を受けて今は元気だ」
「当地での操業は2004年にスタートした[ ]現在は上海郊外に新工場を計画している」
となります。
[ ]には「そして」も「が」も入りますし、何も入れないことも可能です。接続表現はほとんど意味を持っていないことがわかります。
日本語は個々の単語の意味が非常に具体的で細分化されているので、単語が文脈を決めていくようなところがあります。接続表現は使われていてもあまり意味がなく、少なくとも英語における「文脈把握の出発点」のような重要性はありません。
英語と日本語の接続表現は一対一対応しているように見えますが、実は文脈把握における重要性は英語と日本語とではまったく異なります。「英文では、接続表現こそが文脈把握の出発点になる」。このことを特に学習者に強調することは、英文の内容把握を助けるという点で非常に有意義であり、また英語と日本語の単語の意味範囲の違いに目を開かせるきっかけともなることでしょう。