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曲のエピソード
カリフォルニアで結成されたバンドながら、その泥臭くブルージーなサウンドから、クリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァル(略称CCR)は南部出身のブルース・ロック・バンドと思われがち。1960年代後期~1972年初期の短い活動期間中、惜しくも全米No.1ヒット曲を放つことはできなかったものの、全米No.2を記録した大ヒット曲は5曲もある。「Have You Ever Seen The Rain(邦題:雨を見たかい)」はアルバム『PENDULUM』(1970)からのシングル・カット曲で、翌1971年に大ヒットした。邦題は直訳による誤訳で、“the rain”は「雨」ではない。時代背景を考えれば、ヴェトナム戦争真っ只中であり、その「雨」がアメリカ軍が同戦争で使った爆弾(ナパーム弾、というのが定説)を暗喩していることが当時から囁かれてきた。また、中心メンバーだったジョン・フォガティが、やはりメンバーだった弟トムの突然の脱退宣言を「(いきなり降ってくる)雨」にたとえた、という説もあるが、それはこの曲がラジオで放送禁止にならないようにするための方便だろう。なお、だいぶ前に日本の某証券会社がこの曲をCMソングに起用するという愚挙をやらかした。反戦歌は証券会社のCMソングに全く以て不釣り合いである。知人のアメリカ人がたまたま日本でそのCMを見て(聴いて)“It can’t be!(あり得ない!)”と仰天。
曲の要旨
嵐の前の静けさってのが本当にあると、誰かが言ってたのを聞いたことがある。まさに今はそういう情況だ。ある日、燦々と太陽が降り注ぐ空から、まるで雨のように絶え間なく地上めがけて降ってくる爆弾。みんなはそういう光景を目にしたことがあるだろうか? 俺が生まれた時から、この世はどこかおかしかった。爆弾の雨が容赦なく空から降ってきて人々を死に至らしめる今、ことさらにそれを実感する。誰か、空から雨のように降ってくる爆弾を目にしたことがあるかい? もしそうなら、それはどんな様子だった? 教えてくれよ。その時の様子がどうだったか、どうしても俺は知りたい。
1971年の主な出来事
アメリカ: | この年の春までにアメリカ軍15万人をヴェトナムから撤兵させると発表。 |
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New York Times誌がアメリカ国防総省の秘密文書を掲載して物議を醸す。 | |
日本: | 沖縄返還協定に調印する。 |
世界: | 印パ戦争が勃発。 |
1971年の主なヒット曲
Imagine/ジョン・レノン
What’s Going On/マーヴィン・ゲイ
Me And Bobby McGee/ジャニス・ジョプリン
Joy To The World/スリー・ドッグ・ナイト
Brown Sugar/ローリング・ストーンズ
Have You Ever Seen The Rainのキーワード&フレーズ
(a) a calm before the storm
(b) Have you ever seen the rain?
(c) (定冠詞“the”なしの)sun/rain
(d) the circle
1971年は、ヴェトナム戦争への反戦歌の当たり年だった、と言ったら語弊があるだろうか。今なお聞き継がれているジョン・レノンの「Imagine」もマーヴィン・ゲイの「What’s Going On」も、そしてこのCCRの「Have You Ever Seen The Rain」も同年に大ヒットしている。それら3曲に共通しているのは、歌詞のどこにも“the Vietnam War”の文字が登場していない点。もちろん、直接的にそんな言葉を歌詞に組み込んであからさまに反戦を唱えたなら、たちまちその曲はラジオで放送禁止になってしまっただろう。実際、「Imagine」は当時のラジオで放送禁止曲にされてしまった(表向きの理由は♪… no religion… のフレーズが引っ掛かった、ということになっている)。また、これは意外と知られていないことだが、1991年に湾岸戦争が勃発した際、ここ日本でも主要なFMのラジオ局で「Imagine」が急に放送禁止になった、と聞いたことがある。何でもかんでも欧米に右倣えの風潮に、当時は失笑を禁じ得なかった。第一、英語に精通していない人がその曲をラジオから流れてくるのを耳にしたからといって、すぐさま湾岸戦争への反戦歌に結びつけて聴くことが可能だろうか? 過剰反応だと言わざるを得ない。
たいていの辞書では、可算(=数えられる)名詞は“C(=countable)”、不可算(=数えられない)名詞は“U(=uncountable)”と表記されている。歌詞に登場する(a)「(嵐の前の)静けさ」を表す際の“calm”は、“U”、すなわち不可算名詞となっているが、ここではナゼだか頭に付くはずのない不定冠詞“a”を伴って“a calm before the storm”となっているのだ。これ、おかしいと思いませんか?
不可算名詞としておきながら、“通常は a ~(calm)”となっている辞書もある。また、定冠詞“the”を頭にくっつけて“the calm before the storm(嵐の前の静けさ)”という語句を載せている辞書も……。両者の違いを考察してみると、不定冠詞の場合は「(実際はどういう状態か判らないものの)世に言う“嵐の前の静けさ”」というニュアンスだろうし、定冠詞の場合は「(世の中によくある)いわゆる“嵐の前の静けさ”ってやつ」というニュアンスがそこから汲み取れる。では、何故にこの曲ではわざわざ不定冠詞を頭にくっつけた“a calm before the storm”となっているのだろう?
それは、曲の主人公にそれを教えてくれた人物が「(漠然とした)嵐の前の静けさ」について教えてくれたから、と解釈する外ない。また、主人公が実際に「嵐(この場合は雨が、すなわち爆弾が空から降ってくる状態)の前の静けさ(何事もない、ありきたりの日常)」をそのフレーズで聴き手に想像させる、ということを意図したフレーズだろう。
参考までに記すと、“calm”が日常会話で頻繁に用いられるのは、“Calm down.(落ち着けよ)”と相手に向かって言う時。「頭を冷やせ」というニュアンスも含む。また、“cool, calm down and collected(冷静になって、落ち着いてゆったりとした気持ちになる)”という言い回しが1980年代半ば~1990年代初頭にアフリカン・アメリカンの人々の間で流行した。
タイトルにもなっている(b)は、一見、完了形の疑問文だが、実は非常におかしなセンテンスなのである。例えばこれを、次のように書き換えてみる。
○Have you ever seen the snow?
これを、雪が滅多に降らない土地――日本なら沖縄だろうか――に住む人々に向かって言うのは不自然じゃない。「これまで雪が降ったのを見たことがありますか?」――これはいいだろう。では、「これまで雨が降ったのを見たことがありますか?」はどうだろう。過去にほとんど雨が降ったことのない土地――砂漠地帯とか――に住む人々以外には、じつに不適切な質問になってしまう。“Have you ever ~?”は、「現在に至るまでの経験」を表す完了形の疑問文であるから、“Have you ever been to Paris?(パリに行ったことがありますか?)”とか、あるいは“Have you ever seen any celebrities in person?(有名人に直接、会ったことがありますか?)”といったセンテンスなら不自然ではない。ところが、“see(n)”の目的語が「雨」なのである。これはどう考えてもおかしい。ひょっとしたらこの曲の「雨」には別の意味が込められているのではないか……?
そのことに気付いた時点で、この“the rain”が何かの比喩だと突き止められればしめたもの。「Have You Ever Seen The Rain」がヒットしていた当時から、その“the rain”はアメリカ軍がヴェトナム戦争で用いた爆弾を暗喩していると囁かれていたから、それを知っていれば、「雨を見たかい」が直訳による誤訳の邦題だということに気付くはず。が、悲しいかな、1970年代初期には洋楽に関する情報が恐ろしいほど乏しく、ために、この明るいメロディの曲にそんな深い意味が込められているなんて、日本人の誰ひとり気付かずにいた、というのが偽らざる現状だった。まあ、歌詞を深読みして、何となくそのことに気付いた人もいるかも知れないけれど……。
学校で定冠詞“the”を習う時、恐らく大多数の人々は「この世にひとつしかないものには必ず“the”が付きます」と教わったはず。が、それは間違い。その証拠に、この曲に登場する“sun”には定冠詞がないし、定冠詞が付くと教わった自然現象のうちのひとつ、“rain”にも定冠詞が付いていない箇所がある。これってどういうこと……? (なお、歌詞サイトに散見される♪… rain is hard… は誤り。何故なら、ここのフレーズでは“cold”と相反する意味で“hot”が使われているから。英語圏の人も案外いい加減なものである。)
「太陽は冷たく、雨は熱い」――このフレーズに“the”がない! 初めてそこのフレーズを見た(聴いた)時、筆者は腰が抜けるほど仰天した。「ええっ!? 太陽と雨に“the”がないなんてっ!!!」――これまで、何万曲という洋楽ナンバーを耳にし、また、うち1万曲ぐらいの訳詞をやってきたこの身ではあるが、「太陽」「雨」に“the”が付いてない歌詞なんて、これまであっただろうか?
そこでポン!と膝を叩く。「そうだ、これは自然の摂理を逆説的に捉えた、あり得ない光景――さらに言えばかなりシュールな光景――なんだ!」と。もし仮に、ここのフレーズに定冠詞を付けて♪The sun is cold and the rain is hot… とすれば、それはそれはおかしな英文になってしまう。どころか、実際に頭上で輝いている太陽が「冷た」くて、頭上から降り注いでくる雨が「熱」い、ということになってしまう。もし実際にそうだとしたら、せっかく太陽が昇っていても、ちっとも温もりは感じられないし、農作物も育たない。第一、人間の身体がおかしくなってしまう。また、降る雨が火のように熱いとしたら、人間は火傷してしまうし、植物は枯れてしまう。そんなのは――あり得ないことなのだ。
そしてここの“the”なしの“rain”にこそ、この曲の真意が隠されている。つまり、「雨のように降ってくる爆弾が熱く、それを浴びた人間は焼け死んでしまう」と。”the rain”が暗喩しているナパーム弾は、地上に着地すると直径約1.5km四方に飛び散り、800度の熱を発するという。アメリカ軍がヴェトナム戦争で大量に用いた、極めて殺傷能力が高い武器である。一見すると能天気なこの曲のタイトルは、実は恐ろしい戦場の現状を暴いてみせているのだ。「熱い雨=ナパーム弾」が降る光景など、この世であってはならない、といわんばかりに。
もう10数年前になるが、KONISHIKIさんのCDの訳詞を担当したことがある。どの曲だったかは忘れてしまったが、ラップ風のナンバーに“the circle”という単語が登場していた。前後のセンテンスから察するに、それが「土俵」を指すことが判った。もちろん、英和辞典の“circle”の項目には、そんな意味は載っていない。四股名をアルファベットに変えざるを得なかったKONISHIKIさんのことだから、たとえ英語でラップしてはいても、日本の相撲文化を想起させる“dohyo”をモロに口にするのは憚られたのだろう。幸いなことに、“circle”には“円形状のもの”という意味もある。「土俵」を英訳するのに、これほどピッタリの単語もないだろう。
“circle”は、形のない「ぐるぐる回るもの(の中)」を表す際にも用いられる。例えば、
○come full circle(一巡してもとの場所や状況に戻る、振り出しに戻る) ※冠詞なし
○go (or run) around in circles(堂々巡りをする、とことん手間を掛ける)
といった具合に。“come full circle”を意訳すれば「元の木阿弥」となるし、“go around in circles”からは四字熟語の「因果応報」が浮かぶ。そしてこの曲の主人公は、(d)“the circle”が「速度を速めたり遅くしたりしながら、いつまでもぐるぐる回る」と嘆く。となると、その”the circle”が、いつの世もくり返される不条理で理不尽な戦争を示唆していることは一目瞭然だろう。いつまでも終わらない戦争。いつの世も戦争の愚をくり返す人間。
みなさんは、実際に空から降ってくる爆弾の雨を見たことがありますか?