歴史を彩った洋楽ナンバー ~キーワードから読み解く歌物語~

第10回 Last Christmas(1984, 全英No.2)/ ワム!(1981-1986)

2011年12月14日
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●歌詞はこちら
//lyrics.wikia.com/Wham:Last_Christmas

曲のエピソード

洋楽の定番クリスマス・ソングはいろいろあるが、これはその筆頭に挙げられる一曲。クリスマス・ソングを大まかに分けると、(1)『聖書』におけるイエス・キリストの誕生シーンに基づいた「讃美歌」、(2)昔から伝統的に歌い継がれてきたいわゆる“Traditional”の部類に入るもの、(3)全くの書き下ろしのオリジナル・ソング、の三種類。「Last Christmas」やマライア・キャリーの「All I Want For Christmas Is You」(1994)は(3)の部類に入る。

イギリス出身の人気デュオ、ワム!によるこのクリスマス・ソングは、日本でも人気が高く、クリスマス・シーズンには必ず一度はどこかで耳にする。ワム!解散後にソロ・アーティストに転向するジョージ・マイケルの作詞作曲によるもので、一説にはラヴ・ソングではなく(1年前のクリスマスに終わってしまった)友情を歌ったものである、とされるが、歌詞に“lover”が出てくるので、その説はちょっと苦しい。明るいメロディが流れる曲の雰囲気に惑わされてか、恋人同士が共に過ごすクリスマスのBGMにうってつけと思いきや、じつは、1年前のクリスマスに味わった失恋の痛手を延々と吐露する傷心ソング。

曲の要旨

1年前のクリスマスに、ずっと好意を寄せていた女性に熱い思いを打ち明けた純粋で誠実な男性。ところが相手の女性は、その日は男性に向かって思わせぶりな態度だったのに、翌日(つまり1年前の12月26日)にはあっさりと男性の気持ちを拒絶してしまう。その時に被った心の傷を引きずりながら、1年後のクリスマスで男性は女性と再会し、「もう君に未練はない」と言いたげに強がってみせるのだが、それでも心は揺れ動く。彼にとって、クリスマスは苦い思い出の日に外ならない。

1984年の主な出来事

アメリカ: ロサンジェルス・オリンピック開催。
  ロナルド・レーガンが大統領選で再選される。
日本: 電電公社が民営化されNTTが発足。
世界: エチオピアの飢餓が世界中に知れ渡り、救済の機運が高まる。

1984年の主なヒット曲

Karma Chameleon/カルチャー・クラブ
Jump/ヴァン・ヘイレン
Footloose/ケニー・ロギンス
Time After Time/シンディ・ローパー
I Just Called To Say I Love You/スティーヴィー・ワンダー

Last Christmasのキーワード&フレーズ

(a) the very ~
(b) give ~ away
(c) Once bitten, (and) twice shy. ※諺
(d) under cover ※ワン・ワードの“undercover”ではない

バブル期全盛の頃、男性向けファッション誌が煽ったこともあり、都会では、クリスマス・イヴの日にはカップルが都心のホテルのスイート・ルームを予約してロマンティックな夜を過ごす、というのが風潮となっていた。人気のホテルでは、12月24日の夜の予約は約1年前からいっぱいになった、という逸話も残る。また、カップルが勝手にキャンドルを何本も部屋に持ち込み、翌12月25日の朝にホテルの従業員が片付けにいくと、テーブルの上に溶けたキャンドルの蝋があちらこちらにこびりついていて難儀した、という話を小耳にはさんだりもした。ホテル側こそいい迷惑だったに違いない。

「Last Christmas」がヒットしていた頃、日本はバブル期の絶頂にあったと言っていい。おそらく、同曲をBGMにしてロマンティックなクリスマス・イヴやクリスマスを過ごしたカップルは無数に存在したことだろう。だけど、ちょっと待って。これって、ラブラブのカップルがクリスマスにうっとりと聴くようなクリスマス・ソングじゃないんだけど……。

「去年のクリスマスに君に思いを打ち明けた」。ここまでは、まあ、いいだろう。が、肝心なのはそれに続くフレーズ。最初の2行の意味を把握しただけでも、これがロマンティックなクリスマスを過ごすための曲ではない、ということが判るはず。

(a)の the very ~は「まさに~」という意味で、これを使って英作文を作ると次のようになる。

This is the very first time for me to visit Japan.
(今回の訪日は、私にとってまさに初めてのことです=人生初の訪日です)

これを見て判るように、“the very”はそれに続く名詞を強調した言い回し。また、“this very day(まさに今日というこの日に)”、“at that very minute(今まさにあの瞬間に)”という風に、“this very ~”、“that very ~”といった言い回しにも用いられる。ここの歌詞では単なる“next day(翌日)”ではなく、わざわざそこに“the very”を頭にくっつけている。それが意味するものは、「彼女が僕の思いを受け止めてくれた」瞬間から、「彼女がその思いを無下にした」瞬間までの間が、主人公の男性が呆気にとられるほど短かった、ということ。天国から地獄とは、まさにこのことで、主人公の絶望感がひしひしと伝わるフレーズだ。相手に裏切られたと判った瞬間から曲の終盤まで、恨み節が延々と続くのだった。ホテルでキャンドルどころの騒ぎではない。

(b)の give ~ away は、「~を贈る、~を人にくれてやる」の他に「~を見捨てる、~を裏切る」という意味をも持つイディオム。彼女に与えた“my heart”には、「君を思う熱い気持ち」という意味が込められている。いったんはその思いを受け止めたかにみえた女性が、「まさにその翌日」、彼のその告白がなかったかのように振る舞うのだった。その振る舞いこそが、“give ~ away”で表されている。このイディオムの意味を正しく解釈するためには、曲の歌詞でいうなら前後のフレーズから見極める必要があるし、日常会話においても、前後の流れをつかむ必要がある。このように、複数の意味を持つイディオムは、実際に使う場合には注意しなければならない。

今から四半世紀前の1986年、実力派と謳われたある女性R&Bシンガーがデビューした。名前はヴェスタ・ウィリアムス(Vesta Williams/後にラストネームなしのVestaに改名)。デビュー曲のタイトルは「Once Bitten Twice Shy」(R&BチャートNo.9)。同曲が収録されているアルバムの訳詞を筆者が依頼されてやったのだが、その際、当時の担当ディレクター氏から「泉山さん、この曲(デビュー曲)の邦題を考えてよ。“ワンス・ビトゥン・トゥワイス・シャイ”じゃ長過ぎるし、意味不明だから」と懇願された。中学英語か高校英語で“Once bitten, twice shy.”は英語の諺として習った覚えがあるから、辞書に載っている意味「あつものに懲りてなますを吹く」(←解りにくい日本語)を噛み砕いて「一度、痛い目に遭うと、次からはおっかなびっくりになってしまうもの」と解釈し、その曲に「恋は臆病」という邦題を付けた。歌詞の内容は、過去の失恋の痛手がなかなか癒えず、新しい恋愛に躊躇してしまう、という気弱な気持ちを歌ったものだった。

その諺がこの曲にも登場する。(c)がそれ。「一度、失恋で苦い経験をしたから、次からは慎重になる」と、この主人公は言う。その「失恋」は、1年前のクリスマスの出来事に外ならない。言うなれば、胸の内を一昼夜のうちに“give away”された彼は、新たに恋をすることに臆病になってしまっているわけだ。その諺は、曲の終盤で何度もくり返される「僕の心(=恋する気持ち)を他の誰かにあげちゃうよ」の裏付けとなる。深読みするなら、「君が僕の気持ちをもてあそんだから、今度は君とは違って誠実な人に思いを寄せるからね。君はそれでもいいの?」ということになる。一聴してロマンティックに聞こえるこの曲は、実はフラレた女性に向かってまだ未練がある様子を吐露しているのだった。

(d) がワン・ワードではない、とわざわざ断ったのは、“undercover”と“under cover”とでは、意味合いが微妙に違ってくるから。いずれも形容詞ながら、

(1) undercover (秘密裏に行われている、諜報活動に従事している)
(2) under cover(保護されて、密かに、人目を避けるようにして)

となる。ニュアンスが少し違うでしょう?

この曲では(2)の意味で使われている。主人公が“under cover”の状態でいられたのは、思いを寄せる彼女に告白した瞬間から、翌日に彼女に呆気なく拒絶されるまでの一昼夜。短い間ながらも彼女と気持ちが通じた時間に、彼は「密かに彼女に思いを寄せる男」、延いては「誰にも悟られることなく彼女と心が通じた男」の気分を味わう。では、なぜに“under cover”でいる必要があったのか? そこから透けて見えるのは、主人公が彼女に思いを告白し、一時的とは言え彼女もそれに応えてくれたことへの歓びを、第三者に悟られないようにしていた、という事実。それほどこの曲の主人公は純粋だっただろうし、恥ずかしがり屋だったのだろう。あるいは、射止めたと思った相手の女性が、仲間の男性陣の憧れの存在だったかも知れない。慎重に事を運んで上手くいったはずなのに、主人公が有頂天でいられる時間は余りにも短かった。ために、その時の失恋から被った心の痛手は想像以上に大きかったのである。

彼の心の傷の元凶となる女性との再会が、1年後のクリスマスに実現する。彼は苦い思い出を引きずるに任せ、わだかまりが残ったままの状態。彼女の方は、1年前の出来事などなかったかのように振る舞う(この曲のプロモーション・ヴィデオを見てみて下さい。ジョージの表情と、彼の傷心のもとになった女性の表情からそのことがよーく判ります)。結局、彼は彼女への断ちきれない思いを再確認させられるためだけに再会の場に臨んだようなものだった。余りに哀れで、涙を誘われずにはいられない。

後年、「Last Christmas」がじつは“友情がテーマ”とされたのには、おそらく、ジョージが同性愛者であることをカミングアウトしたことと無関係ではないだろう。が、この曲がリリースされた当時、相手は間違いなく“女性”だと誰もが思ったはずである。アイドルであるがゆえに、自分を偽って歌詞を綴ったのか、はたまた代名詞を“she”ではなく“you”にすることによって相手の性別をぼかしたのか、今となっては知る由もない。が、ひとつだけ言えるのは、この曲の究極のテーマが、「ひた隠しにしていた思いを勇気を奮って相手に告げ、それが受け止められたと思って有頂天になっていたら、翌日には知らん顔をされてしまった」ことによる絶望感である、という点。愛し合うカップルがクリスマスに聴く曲としては、実際にはかなりイタいのである。

筆者プロフィール

泉山 真奈美 ( いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。

編集部から

ポピュラー・ミュージック史に残る名曲や、特に日本で人気の高い洋楽ナンバーを毎回1曲ずつ採り上げ、時代背景を探る意味でその曲がヒットした年の主な出来事、その曲以外のヒット曲もあわせて紹介します。アーティスト名は原則的に音楽業界で流通している表記を採りました。煩雑さを避けるためもあって、「ザ・~」も割愛しました。アーティスト名の直後にあるカッコ内には、生没年や活動期間などを示しました。全米もしくは全英チャートでの最高順位、その曲がヒットした年(レコーディングされた年と異なることがあります)も添えました。

曲の誕生には様々なエピソードが潜んでいるものです。それを細かく拾い上げてみました。また、歌詞の要旨もその都度まとめましたので、ご参考になさって下さい。