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曲のエピソード
1960年代後期にアメリカを発火点として全世界に広がった、いわゆるウーマンリブ運動(Women’s Liberation Movement)。それ以前にも、それ以降にも、“女性の権利を主張する”、“女性を様々なしがらみから解放する”大々的な社会運動は幾度となく世界中で繰り広げられてきたが、筆者が“ウーマンリブ”なる言葉を初めて耳にしたのは、小学校高学年の頃だったと記憶している。もしかしたら、学校の社会科の授業で習ったかも知れないが、そちらの記憶は曖昧(苦笑)。ただ、筆者の“ウーマンリブ”なるカタカナ語を初めて見聞きした時期と、リン・コリンズのデビュー曲「Think (About It)(邦題:シンク)」がヒットしていた頃の時期が合致することだけは確かだ。また、本連載第19回で採り上げたアレサ・フランクリンの「Respect」(1967/全米No.1,全英No.1)は、大きなうねりとなったウーマンリブの何度目かの萌芽を感じさせずにはおかない。どちらも男性陣(“you”は不特定多数の男性を指す/アレサの同曲はひとりの男性を指していると捉えてもいい)に対して、「もう私たち女は黙っていないからね!」と、それまでの鬱憤を晴らすかのような内容だから。更に後年、アレサは本連載第13回で採り上げたユーリズミックスと組み、「Sisters Are Doin’ It For Themselves」(1985/全米No.18,全米No.9)なる曲もヒットさせている。同曲もまた、タイトルにこそ“sisters=アフリカン・アメリカン女性”と冠してあるものの、“男性陣の目から見た型にはまった女性像”や“男性陣が女性に押し付ける理想像”からの脱却を高らかに宣言した曲。筆者はこの曲を聴いてとっさに「Think (About It)」を思い浮かべ、そこから更に時代を遡ってアレサの「Respect」を想起させられたことがある。それら3曲を聴く度に――もちろん、それら以外にも女性讃歌のような曲は世の中にはまだまだあるが――筆者の頭の中にはすぐさまウーマンリブ運動が思い浮かぶ。
リン・コリンズはテキサス州レキシントン生まれで、初レコーディングはわずか14歳の時だったというが、筆者の記憶にあるのは、本連載第75回で採り上げた“The Godfather of Soul”こと故ジェームス・ブラウンのツアーに同行したミュージシャンたちやバックグラウンド・シンガーたちの総称“The James Brown Revue”の一員として歌っていた、という経歴(同ツアー・メンバーには、故マーヴィン・ゲイとのデュエットで有名な故タミー・テレルも一時的に参加していた)。ソロ・シンガーになって以降、彼女は“The Female Preacher”の称号で呼ばれるようになり(ソロ・デビュー当時の動画などで彼女の牧師然とした衣裳を確認されたし)、後に“The Sultry Siren of Funk”の異名を取った。クロスオーヴァー・ヒット曲はそれほど多くはないものの(もっと言ってしまえば全米トップ40入りヒットはただの1曲もない)、R&Bチャートではデビュー当初から1970年代半ば頃までヒット曲をコンスタントに飛ばし、1993年にはワールド・ミュージック系のアーティスト、パトラ(Patra)による「Think (About It)」のカヴァー・ヴァージョン(R&BチャートNo.89)にゲスト・シンガーとしてフィーチャーされ、半ばセルフ・カヴァーのような歌声を残した。それがリンの生前最後のヒット曲となり、2005年には人生初(!)となるソロ・シンガーとしての大々的なツアーをヨーロッパで行うも、同年、心臓の不整脈が原因で帰らぬ人に。享年56。せっかくソロ・シンガーとしての本格的な活動を再開したばかりだというのに、余りにも気の毒で早過ぎる死だった。
リン・コリンズの名前もしくは彼女のデビュー曲にして生前最後の大ヒット曲である「Think (About It)」のタイトルを知らなくても、過去に数多くのラップ・ナンバーでくり返しサンプリングされてきたこの曲に聴き覚えがある、というヒップ・ホップ愛好家は大勢いることだろう。筆者もまた、過去に何度か御大JB作でリンがオリジナルの「Think (About It)」が幾度となくラップ・ナンバーでサンプリングされてきたのを耳にしてきた。JBの秘蔵っ子だったせいか、歌や独特の掛け声は、どこかしらJBのそれを彷彿とさせる。個人的には、もっと評価されてもいいシンガーだと思うのだが、いかがだろうか。再来年は没後10年。リンの訃報に接したのがついこの間のような気がしていたのだが、もうそんなになるのだなあ、と、今回この曲を採り上げるについて彼女のキャリアを改めて詳しく調べてみて、時の流れの早さを実感させられた。
曲の要旨
世の男性たち、これからあたしが言うことに耳を貸してちょうだい。あんたたち男が夜通し外で遊び回って帰宅した時、あたしたち女(恋人もしくは妻)が家であんたたちの帰りをジッと待ってると思ったら大間違いだからね。あたしたちシスター(=アフリカン・アメリカン女性)は、これからは貞淑な態度とはオサラバするの。男たちはあたしたちのために何にもしてくれないってことと、あたしたちは自分の力でやっていけるってことに気付いたのよ。さぁ、これからどうするつもり? よく考えてみることね。自分の生活態度を振り返って考えてみなさいよ。あたしとの関係をどうするかも真剣に考えてちょうだい。
1972年の主な出来事
アメリカ: | 6月17日にウォーターゲート事件が発覚。 |
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日本: | 浅間山荘事件が日本中を震撼させる。 |
田中角栄首相が訪中し、日本と中国の国交が回復。 | |
世界: | 東ドイツと西ドイツの国交が正常化。 |
1972年の主なヒット曲
Without You/ネルソン
A Horse With No Name/アメリカ
Oh Girl/シャイ・ライツ
Black & White/スリー・ドッグ・ナイト
I Can See Clearly Now/ジョニー・ナッシュ
Think (About It)のキーワード&フレーズ
(a) a whole lotta ~
(b) give it up
(c) the right thing(s)
痛快な曲である。歌詞の中でやり込められっ放しの男性陣には耳の痛い楽曲であろうが、それでもこの曲のグルーヴ感(やはりJBの一連のファンキーな楽曲と相通ずるものがある)に全身が包まれたなら、思わずステップを踏んで踊り出したくなることだろう。その一方では、これまで女性が男性に対して抱えてきた鬱憤や怒りがとことん噴出し、あたかも“女火山”という名の巨大な山が一気に大噴火を起こしているかのよう(ううん…たとえとしてちょっと強烈過ぎるかも知れないが…)。タイトルの「Think (About It)」を直訳すれば「(それについて)考えなさいよ」となるが、では、「それ」は何を指しているのだろうか?
“it”は単数の名詞の代名詞であるが、ここには「男たちが私たち女に対してしでかしてきた数々の仕打ち」がギュッと詰まっている。“it”を“them”としなかったのは、その前後のフレーズで歌われている女性の不満をその都度、男性陣に向けてぶつけているからだ。タイトルをウーマンリブ風に(?)意訳すると「もうこれ以上、私たち女が男たちにバカにされるのには我慢がならない!(=これまでの自分たちの行動を省みなさいよ)」といったところか。もし筆者が男だったら、かなりタジタジとなってしまう歌詞である(苦笑)。
タイトルは聴く人によっては様々な内容のフレーズに聞こえるだろうが、例えば以下の3通りの英文に書き換えてみると――
♪Think about what you have been doing to us (=women).
♪Think about the way you treat us (=women).
♪Think about the way you do us (=women) wrong.
いかがだろう? これでタイトルがいわんとしていることが読者のみなさんに伝わればいいのだが……。
(a)は“a lot of”のくだけた言い方がそのままスペル化されたものと考えていい。“kind of→kinda(もしくはkinda’)”、“a hell of a→a hella”などと同じくだけ方+スペルの変化で、イギリスが生んだ史上最高のロック・バンドのひとつ、レッド・ツェッペリン(Led Zeppelin/原音に近い表記が“レッド・ゼッペリン”であることは、洋楽愛好家の多くが知るところ。また、日本では略して“ゼップ”と呼ばれることもある)の大ヒット曲「Whole Lotta Love(邦題:胸いっぱいの愛を)」(1969/全米No.4,オーストラリアとドイツではNo.1)の“lotta”も(a)と同じで、邦題にあるように「たっぷりの、山ほどの」という意味。特にアメリカ英語発音では“-tt-”の部分が[t̬]となることが多い。ここでは、主人公の女性が「私にはあなた(たち男性陣)に与えるためのありったけの愛情があるけれど」、と歌われているが、その“a whole lotta loving”を男性たちが自分たち女性から受け取るには、それ相応の条件がある、と続く。
それが(b)を含むフレーズで、ここの“give it up”の“it”はタイトルにある“it”とは意味が全く異なる。ここはズバリ「女性の肉体(即ち下半身/お判りですね?)」のこと。みなさんはマーヴィン・ゲイの生前最後の全米No.1ヒット曲「Got To Give It Up(かつての邦題:黒い夜/後にカタカナ起こしに変更)」(1977)をご記憶だろうか? じつは同曲の“it”も(b)のそれと同義で、こちらはマーヴィンが女性に向かって「自分に身体を許してくれ」と歌っている内容だった。決して「それを諦めてくれ」ではない。「諦め」つつ自分の大切なもの(?)を異性に与えるなんて、そんなのちっとも快楽じゃない。リンは飽く迄も男性たちに向かって「私たち女性をちゃんと女性として扱ってくれなきゃ身体を許してあげない」と詰め寄っているのだ。(b)を含むフレーズには、先述のアレサの「Respect」の歌詞との類似点が認められる。
さて、(c)もまたかなり抽象的な言い回しである。(c)を含むフレーズでは「さぁ、いいから正しいことを考えてみなさいよ」と歌われているのだが、いきなり「正しいことを考えてみて」と言われても、試験の解答を生徒に要求する教師じゃあるまいし、これだと何を言いたいのかサッパリ解らない。そこで次のように(c)を含むフレーズを書き換えてみた。
♪Don’t think about (doing) the wrong things to us (=women).
(私たち女性にヒドい仕打ちをしようなんて思わないでちょうだい)
どうです? 少しは(c)を含むフレーズが具体的な意味を帯びてきた気がしませんか? ここで思い出されるのは、映画監督兼俳優のスパイク・リーの出世作『DO THE RIGHT THING』(1989)のタイトルの意味だ。直訳は「正しいことをしろ」だが、同映画が大ヒットしていた当時、筆者はニューヨーク在住の仲のいいアフリカン・アメリカン女性から、次のように教わった。曰く「“Do the right thing.”は“Do the positive thing.”とイコールで、つまり“Think positive(=positively).”ってことなのよ」。この映画が大ヒットしていた頃、映画のタイトルが特にアフリカン・アメリカンの人々の間で大流行していたが、その意味合いは「マトモなことをしろ」と同義であった。世の男性の方々、女性に対して“the right thing(s)”が何であるかを一度でも真剣にお考えになったことがおありだろうか? そしてもちろん、“do the right thing(s)”は、老若男女を問わず、我々人間に課せられた(大袈裟に言うなら)人生訓のひとつとして、肝に銘じておきたいものである。過ちだらけの人生を送ってきた筆者自身も含めて。