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曲のエピソード
実際には1962年の暮れにリリースされたシングルだが、ヒットしたのは翌1963年であるため、1963年のヒット曲という扱いにした。作詞作曲したのはポールことレイ・ヒルデブランド(Ray Hildebrand/1940-)で、ポーラことジル・ジャクソン(Jill Jackson/1942-)共に、当時まだ大学生だった。たまたま地元のラジオ局が“The American Cancer Society(全米ガン協会、もしくは学会、とでも訳せばいいだろうか)”のために歌ってくれるリスナーを募集し、レイとジルが「Hey Paula」を披露したところ、レコード契約を得るチャンスに恵まれたという。当初はRay & Jillというアーティスト名だったが、曲名に合わせてPaul & Paulaに変更した。
男女のデュエットは数多くあるが、これはポップス史上における忘れ難い1曲で、恐らく筆者が生まれて初めて聴いた洋楽ナンバーの男女デュエットだったと思う。また、日本でも、田辺靖雄&梓みちよの両氏による日本語ヴァージョンがリリースされており、そちらのヴァージョンも幼い頃に懐メロ番組か何かで耳にした記憶がある。歌い出しからして、一度聴いたら忘れられない印象深いデュエット・ナンバーだ。筆者のデュエット好きは、もしかしたらこの曲から始まったのかも知れない。ちなみにこの曲は、R&Bチャートでも2週間にわたってNo.1の座に就いている(全米チャートでは3週間/ゴールド・ディスク認定)。また、このデュオには、「Young Lovers」(1963/全米No.3)という大ヒットもある。活動期間が短かったのがいかにも残念だ。
曲の要旨
ポーラ、君と結婚したいんだ。他の女性じゃダメなんだよ。早く学校を卒業して君と結婚できる日を待ち望んでいるのさ。もうこれ以上は待てないよ。ポール、あなたのような男性が現われてくれるのを待っていたの。私もあなたと結婚したいのよ。私を本気で優しく愛してくれるのなら、私たちの愛は永遠に真実のものよね。真剣に愛し合えば、ふたりで未来図を描けるわ。ふたりの願いが叶いますように。
1963年の主な出来事
アメリカ: | 公民権運動の指導者マーティン・ルーサー・キング・Jr.が統率したワシントン大行進が行われ、有名な演説“I Have A Dream”が披露される。 |
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第35代大統領ジョン・F・ケネディがダラスで暗殺される。 | |
日本: | 東京都内で、当時4歳だった男の子が誘拐され(世に言う“吉展ちゃん誘拐殺人事件”)、日本中を震撼させる。 |
世界: | 南ヴェトナムでクーデターが勃発し、ゴ・ディン・ジェム大統領が暗殺される。 |
1963年の主なヒット曲
Walk Right In/ザ・ルーフトップ・シンガーズ
I Will Follow Him/リトル・ペギー・マーチ
Sukiyaki/キュー・サカモト(坂本 九)
My Boyfriend’s Back/エンジェルス
Finger tips ― Pt. 2/リトル・スティーヴィー・ワンダー
Hey Paulaのキーワード&フレーズ
(a) no one else will ever do
(b) can’t wait no more
(c) the whole day through
俗っぽい言い方をするなら“ラブラブのデュエット・ナンバー”である。いきなり「結婚したい」というフレーズが飛び出すし、ふたりの未来はどこまでも明るい。興味深いのは、曲の内容に合わせてアーティスト名を変更した点。もしこれが当初のアーティスト名のレイ&ジルだったなら、ここまで大ヒットしただろうか? 彼らの本名を知らなかった当時のリスナーたちは、このふたりの本名をPaul,Paulaだと思い込んでいたに違いない。実は幼少期の筆者もご多分に漏れずそうだったから。
単純な歌詞のようにみえて、じつはそここにハッとさせられる表現が潜んでいる。例えば(a)。直訳すれば「他の誰かじゃできない」だが、“do”の目的語がない。ここの“do”はいかようにも解釈ができて、例えば「君じゃなきゃ僕の理想の奥さんになれない」でもいいだろうし、「君以外の相手とは生涯、添い遂げられない」でもいいだろう。こうした想像力を掻き立てるフレーズは洋楽ナンバーには多く登場するが、それらを訳す際に、いくつか思い浮かべて最もしっくりくるような日本語を当てはめるようにしている。それにしても思わせぶりなフレーズではないか。
意外なことに、非R&Bナンバーでありながら、ここでも二重否定=否定の強調が使われている。(b)がそれで、ご存じのように、正式な英語では以下の通り。
♪can’t wait any more
子供の頃からR&B/ソウル・ミュージックを中心に聴いてきたので、それ以外のジャンルでもこうした二重否定=否定の強調が普通に用いられているのに出くわすとちょっとビックリさせられるが、近年ではもう当たり前のように使用されるまでになっている。リスナー側も、既に違和感を覚えないのだろう。そう言えば、本連載第16回で採り上げたローリング・ストーンズの「(I Can’t Get No)Satisfaction」(1965)もタイトルからして二重否定=否定の強調だったっけ。そう考えてみると、そうした表現は何もR&B/ソウル・ミュージック、ひいてはエボニクスの専売特許ではない気がしてくる。
筆者がこの曲で最も“ラブラブ感”を感じ取ったのは(c)のフレーズ。「(結婚したら)一日中君と(あなたと)一緒にいる」と歌っているのだが、それは物理的に言って無理な話としても、結婚を前提にした恋愛中の男女は、本気でそう願うものなのだろう。倦怠期など想像もつかない、人生で最も華やいだ時期の恋愛。男女のデュエットはラヴ・ソングもしくは別れの歌、或いは嫉妬の歌が多いのだが、ここまで愛し合う気持ちをストレートに前面に出した曲が当時の全米チャートでNo.1を獲得したということは、こういう恋愛をしてみたいと願う人々が大勢いたからに相違ない。
なお、拙宅にある日本盤シングルは、家人が中古レコード屋さんで見つけてきてくれたものである。「こんな甘ったるいラヴ・ソングは苦手なんだけどな…」と言いつつ、渡してくれた。そして筆者は生まれて初めてこの曲をドーナツ盤で聴いたのだった。