歴史を彩った洋楽ナンバー ~キーワードから読み解く歌物語~

第34回 Hot Stuff(1979, 全米No.1, 全英No.11)/ ドナ・サマー(1948-2012)

2012年5月30日
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●歌詞はこちら
//www.azlyrics.com/lyrics/donnasummer/hotstuff.html

曲のエピソード

去る2012年5月17日、肺ガンのため63歳で亡くなったドナ・サマー(Donna Summer)。英語圏のメディアでは“The Queen of Disco”、日本では“ディスコの女王”という彼女の代名詞が訃報を伝える際に何度も紹介されていたが、彼女自身はその異名に居心地の悪さを少なからず感じていたらしい。幼少期に教会でゴスペルを歌い(過去に2回、グラミー賞ゴスペル部門でノミネートされたこともある)、20歳前後の時にミュージカル『HAIR』の舞台に立って歌った経験が、彼女の卓越した歌唱力の源流になっているからだろう。

彼女の発掘者のひとりである、ディスコ・ミュージックのプロデューサーとして世界的に有名なジョルジオ・モロダーは、数多くのアーティストを手掛けてきたが、彼の名を見聞きして真っ先に頭に思い浮かぶのはやはりドナ・サマーだ。彼女が放った数々のヒット曲のほとんどに、プロデューサーまたはソングライターとしてクレジットされている。数年前、日本の某清涼飲料水のTVコマーシャルのBGMに起用されたことで、若い世代もドナのことを知るきっかけとなった。この曲は、彼女の最大ヒット・アルバム『BAD GIRLS』(1979/R&Bアルバム・チャートで3週間にわたってNo.1、全米では6週間にわたってNo.1の座をキープ/2百万枚以上を売り上げ、ダブル・プラチナ・ディスク認定)の1曲目に収録されており、同アルバムからの1stシングルだった。意外なことに、この曲でグラミー賞の最優秀女性ロック・ヴォーカル・パフォーマンス部門を受賞。曲のジャンルがどうあれ、パワフルな歌唱力が認められた結果だろう。

曲の要旨

今夜、誰でもいいからベッドを共にしてくれる相手から電話がかかってこないかと、部屋の中で泣きそうな気分で過ごしてるあたし。最近、自分の方から思いつく限り大勢の男性に電話をしてみたけど、誰もあたしの相手をしてくれなかった。今夜は、あたしの身体をとことん愛し尽くしてあたしを乱れさせる男が必要なのよ。恋人以外の女と寝てみたいって思うような男が相手になってくれたら最高ね。もうこれ以上、夜を独りぼっちで過ごすのはイヤなの。情熱的な愛し方をする男と愛を交わしたい。荒くれ者を絵に描いたような男を家に引っ張り込んで、その男に滅茶苦茶にされたいわ。

1979年の主な出来事

アメリカ: スリーマイル島の原子力発電所で大量の放射能漏れ事故が発生。
日本: 携帯用小型カセットテープ・プレイヤーのWALKMANをソニーが発売。
世界: イギリスでマーガレット・サッチャーが同国初の女性首相に任命される。

1979年の主なヒット曲

I Will Survive/グロリア・ゲイナー
Tragedy/ビージーズ
Ring My Bell/アニタ・ワード
My Sharona/ザ・ナック
Don’t Stop ‘Til You Get Enough/マイケル・ジャクソン

Hot Stuffのキーワード&フレーズ

(a) eat one’s heart out
(b) off the wall
(c) hot stuff
(d) warm-blooded lover

この曲同様、1979年に全米チャートを制覇したアニタ・ワード(Anita Ward, 1957-/ラスト・ネームは“ウォード”の表記の方が原音に近いが、日本のレコード会社ではワードとなっている)によるディスコ・ナンバー「Ring My Bell」のタイトルは、“あたしにエクスタシーを感じさせて”という即物的なものだった。そして奇しくも同じ年に大ヒットした「Hot Stuff」も、女性の方から性的快感を求めるといった内容で、当時、女性シンガーの歌詞が大胆になっていたことが判る。筆者が高校時代、「Hot Stuff」に続いて「Bad Girls」(全米チャートで5週間にわたってNo.1)も大ヒットしていたので、両曲の歌詞に興味が湧いて調べたことがあった。前者は好色な男を求める女の歌、後者は売春婦について歌ったもの、というのが判った時、漠然と“アメリカではHな曲が流行るんだなあ…”と思ったものである。が、ドナの訃報に触れて、改めて彼女のヒット曲の数々を聴き直してみたところ、それらは、彼女がそうした心情の女たちや様々な境遇に置かれた女たちの気持ちを代弁する曲だったのでは…と、今まで思いもよらなかった考えが浮かんだ。恐らくこの「Hot Stuff」が大ヒットした要因のひとつは、曲の主人公の女性と同じ思いを抱いていた多くの同性が歌詞に共感を覚えたからではないだろうか。

(a)はれっきとしたイディオムで、“くよくよする、悲嘆に暮れる”という意味。その夜、主人公の女性は、誰かに激しく愛されたいという思いに強く駆られ、そういう相手から電話がかかってくるのを悲嘆に暮れながら待っている、というわけ。ただし、この場合“悲嘆に暮れる”という表現はちょっと曲の雰囲気に合わない気がする。曲全体の意味を踏まえつつあえて意訳するなら、“悶々としながら”だろうか。彼女は、特定の男性からの電話を待っているわけではない。その根拠は、電話をかけてくる相手を“some lover”と表現しているから。それを説明的に訳すと、“もう誰でもいいから、とにかくあたしを激しく愛してくれる人”となる。そのひと言からも、この女性の身体が熱く火照っている様子が伝わってくるようだ。

これまた奇遇だが、この曲が大ヒットした1979年、故マイケル・ジャクソンのアルバム『OFF THE WALL』(R&Bアルバム・チャートで16週間にわたってNo.1、全米No.3/アメリカ国内だけで7百万枚の売り上げを記録)がディスコ・ブームに乗って大ヒットし、同アルバムから2曲の全米No.1ヒット―「Don’t Stop ’Til You Get Enough(邦題:今夜はドント・ストップ)」、「Rock With You」―が生まれた。アルバム・タイトル曲の「Off The Wall」は、R&BチャートNo.5、全米No.10だったが、マイケル・ファンの間では、この曲が一番好き、という人も少なくない。マイケルは同曲で、“off the wall に生きたら、人生って捨てたもんじゃないよ”と歌っているが、では(b)はどういう意味なのか?

これも(a)同様、辞書に載っているが、こちらはスラング扱い。意味は“一風変わった、突飛な、正気を失った…etc.”で、じつは副詞ではなく形容詞として用いられるもの。ところがマイケルの「Off The Wall」でもこの「Hot Stuff」でも、副詞として使われている。ドナは「(夜の相手をしてくれる人を探すために)狂ったように何度も電話をかけまくった」と歌っているのだ。奇しくもそれら2曲が同じ年にヒットしていることから、当時、(b)が流行のスラングだったのかも知れない。

そして肝心のタイトルである(c)。これもスラングの一種で、今から約100年前の1920年代頃から現在に至るまで、「盗品」という意味で使われてきた。そのうち「盗品→ヤバいもの→スゴいもの→素晴らしいもの」という意味の変遷を辿り、いつの間にか「魅力的な女」という意味に。さらに「好色な男、セックス好きな男」という意味も加わった。(c)はその「好色な男」を意味しているわけである。この言葉が登場するフレーズでも、相手の男性を特定していない。“some hot stuff”となっている。彼女は、獰猛に激しく身体を愛してくれる男性を求めているのであって、ルックスや優しさを相手の男に求めていない。そのことは、(d)が登場するフレーズでさらに明らかとなる。

その字面からして、一見、「血の通った恋人、心の温かい恋人」と思いがちだが、(d)の“warm-blooded”は、「熱くなりやすい、すぐに激する、熱血漢の」という意味で、となると、(d)は意訳するなら「セックスに無我夢中になる恋人」といったところか。似た言葉に“hot-blooded”というのがあるが、こちらは「短気な、カッカしやすい、血気に逸る」という意味。“warm”(暖かい)と“hot”(暑い)の温度差は微妙に異なるのだった。

また“hot stuff”には、形容詞として「素晴らしい、素敵な、物凄い」という意味もある。彼女自身が“one of the hottest stuff singers”であったことは紛れもない事実。合掌。

筆者プロフィール

泉山 真奈美 ( いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。

編集部から

ポピュラー・ミュージック史に残る名曲や、特に日本で人気の高い洋楽ナンバーを毎回1曲ずつ採り上げ、時代背景を探る意味でその曲がヒットした年の主な出来事、その曲以外のヒット曲もあわせて紹介します。アーティスト名は原則的に音楽業界で流通している表記を採りました。煩雑さを避けるためもあって、「ザ・~」も割愛しました。アーティスト名の直後にあるカッコ内には、生没年や活動期間などを示しました。全米もしくは全英チャートでの最高順位、その曲がヒットした年(レコーディングされた年と異なることがあります)も添えました。

曲の誕生には様々なエピソードが潜んでいるものです。それを細かく拾い上げてみました。また、歌詞の要旨もその都度まとめましたので、ご参考になさって下さい。