歴史を彩った洋楽ナンバー ~キーワードから読み解く歌物語~

第44回 Like A Virgin(1984/全米No.1,全英No.3)/ マドンナ(1958-)

2012年8月8日

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●歌詞はこちら
//www.azlyrics.com/lyrics/madonna/likeavirgin.html

曲のエピソード

最近、レディ・ガガを揶揄して批判されたり、エルトン・ジョンに「マドンナはアーティストとしてもう終わった」と公の場で罵倒されたりと、何かと受難続きのマドンナ。しかしながら、彼女がアメリカ及び世界中のミュージック・シーンに残した痕跡は、決して消えるものではない。過去に膨大な数に上るヒット曲を放っているが、この「Like A Virgin」(同タイトルの2ndアルバムからの1stシングル)の大ヒットによって、彼女は一気にスーパースターへの階段を駆け上った。全米チャートでは6週間にわたってNo.1の座を死守し、デビューから現在に至るまで、唯一R&Bチャートのトップ10入り(No.9)を果たした曲でもある。当時、FEN(現AFN)のR&B/ソウル・ミュージックの専門番組(Don Tracy,Roland Bynumなど)でも、耳にタコができるほどこの曲が流れていたものだ。

実は、この曲はもともとマドンナのために書き下ろされたものではなく、何と男性シンガー向けに作ったものであると、作詞作曲者のうちのひとり、ビリー・スタインバーグ(Billy Steinberg)がマスコミのインタヴューで明かしている。日本人にはピンと来ないかも知れないが、“virgin”には「処女」の他に「童貞」という意味もあるのだ。つまり、性別に関係なく、性の体験がない人を“virgin”と呼ぶ。

まだ誰がレコーディングするとも決まっていなかった「Like A Virgin」のデモ・テープを所属レーベルのスタッフが彼女に聞かせたところ、瞬時にして気に入り、レコーディングするに至ったという。もしこの曲を男性が歌っていたなら、後のスーパースター:マドンナはなかったかも知れない。

曲の要旨

あなたに出逢うまで、あたしは人生に迷いながらも、苦しい日々を何とか乗り越えてきたのよ。悲しくて憂鬱な毎日を送っていたあたしに、光を射し込んで生まれ変わったような気分にさせてくれたのはあなた。あたしを、まだ男性経験のないヴァージンだと思って、あたしの身体に優しくそっと触れてちょうだい。あなたが側にいてくれるだけで心強く感じるし、大胆にもなれるの。この命が尽きるまで、あたしはあなたのものよ。あなたに抱かれて身体ごと愛されると、もうたまらない気持ちになっちゃうんだもの。

1984年の主な出来事

アメリカ: ロサンゼルスでオリンピックが開催される(但し、旧ソ連と東欧諸国は不参加)。
日本: 江崎グリコの社長が誘拐され、後のグリコ・森永事件へと発展。
世界: イギリスのサッチャー首相が中国を訪問し、1997年に香港を返還するとの共同声明を発表。

1984年の主なヒット曲

Karma Chameleon/カルチャー・クラブ
Footloose/ケニー・ロギンス
Time After Time/シンディ・ローパー
When Doves Cry/プリンス
Wake Me Up Before You Go-Go/ワム!

Like A Virginのキーワード&フレーズ

(a) make it through
(b) someone’s heart beats next to mine
(c) feel(s) so good inside

後年、マドンナは、この曲をレコーディングしたいと思った根拠のひとつに、「あたしのキャラと違うから却って面白いと思った」といったような旨の発言をしている。確かにその通り。そして、「第一、当時、あたしはヴァージンじゃなかったし」とも。大胆な発言で知られるマドンナらしいあけすけな言葉である。

「カマトト」、「ブリッ子」などという日本語はとっくに死語だろうが、イタリアのヴェニスで撮影されたこの曲のプロモーション・ヴィデオ(PV)では、セクシーな素振りをところどころで見せつつも、時折、それこそカマトトぶったマドンナの姿を見ることができる。今となっては貴重なPVだと言えるだろう。

(a)は正式なイディオムではないが、会話の中や洋楽ナンバーの歌詞、映画やドラマのセリフに頻出する言い回しで、“overcome ~(~に打ち克つ、~を乗り越える)”、“survive a difficulty(困難に耐えて生き延びる)”に近いニュアンス。(a)を意訳するなら、「(いろいろ大変だったけど)どうにかこうにかやっていく、生きていく」となるだろうか。主人公の女性は、曲に登場する男性と出逢うまで、決して楽しい人生を送ってはこなかった、ということが、(a)を含む1stヴァースから見て取れる。実際、デビュー前のマドンナが、ホームレス同然で路上のごみ箱の中から食べ物を漁って口にしていた、というのは、有名なエピソードだ(現在、80歳近くになる元英語教師の筆者の叔母までもがそのエピソードを知っていたのには驚いた)。

(b)もまた、ラヴ・ソングでよく見聞きする定番のフレーズのひとつ。(b)を含むフレーズを書き換えると、以下のようになる。

♪… your heart beats next to my heart

つまり“mine”はイコール“my heart”というわけ。こうした言い回しは英語に多く、例えば、筆者が高校時代、試験に次のような設問が出た。

Q:以下の二つのセンテンスを一つにまとめよ。
He has good friends. I have good friends, too.

A:He has good friends like mine.(mine=my friends)

洋楽ナンバーに(b)の言い回しが登場した際、大抵は♪… next to mineとなっており、そして必ず前後のフレーズの最後の言葉と押韻している。

この曲で最も「カマトト」らしからぬフレーズが(c)である。これも洋楽ナンバーのラヴ・ソングに頻繁に用いられる言い回しのひとつだが、直訳すると「心(もしくは身体)の内側が気持ちいい」――これでは中学生レベルの翻訳になってしまう。曲の主人公の女性は、「あなたに抱かれて、あなたの鼓動を感じ、あなたに愛される時に」(c)の状態になる、と歌っているのだ。(c)を詩的に意訳するなら「身体中が火照ってくるの」、ちょっぴりお下劣に意訳するなら、「身体中がムラムラしちゃう」といったところか。(c)が曲の終盤に出てくるあたりも心ニクい配慮である。だいたい、当時、この曲を聴いて、マドンナが本気で「あたしをヴァージンだと思って……」と相手の男性に向かって言ってるなんて、誰ひとり思っていなかっただろうから。

マドンナにとっての初の全米No.1ヒットとなった、記念すべき「Like A Virgin」から早28年。最近、常軌を逸した行動や、奇行が目立つ彼女だが、かつて“セクシーな処女”のフリをして全米チャートを制覇したポピュラー・ミュージック界の「聖母マリア」は、一体どこへ向かおうとしているのだろうか……?

筆者プロフィール

泉山 真奈美 ( いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。

編集部から

ポピュラー・ミュージック史に残る名曲や、特に日本で人気の高い洋楽ナンバーを毎回1曲ずつ採り上げ、時代背景を探る意味でその曲がヒットした年の主な出来事、その曲以外のヒット曲もあわせて紹介します。アーティスト名は原則的に音楽業界で流通している表記を採りました。煩雑さを避けるためもあって、「ザ・~」も割愛しました。アーティスト名の直後にあるカッコ内には、生没年や活動期間などを示しました。全米もしくは全英チャートでの最高順位、その曲がヒットした年(レコーディングされた年と異なることがあります)も添えました。

曲の誕生には様々なエピソードが潜んでいるものです。それを細かく拾い上げてみました。また、歌詞の要旨もその都度まとめましたので、ご参考になさって下さい。