歴史を彩った洋楽ナンバー ~キーワードから読み解く歌物語~

第72回 The Loco-Motion(1962/全米No.1,全英No.2)/ リトル・エヴァ(1943-2003)

2013年3月6日
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●歌詞はこちら
//lyrics.wikia.com/Little_Eva:The_Locomotion

曲のエピソード

今なお現役シンガーのキャロル・キング(Carole King/1942-)は、当初、歌い手としてはパッとしなかったものの、最初の夫ジェリー・ゴフィン(Gerry Goffin/1939-)とソングライター・コンビを組んでから、曲作りの才能を一気に開花させた人である。1960年代、このコンビが生みだした楽曲がヒット・チャートに顔を出さない週がなかった、と言ってもいいほど破竹の勢いで複数のアーティストたちにヒット曲を提供していた。

リトル・エヴァ(本名Eva Narcissus Boyd/ステージ・ネームは、ストウ夫人の有名な小説『アンクル・トムの小屋』に出てくる、溺れているところをアンクル・トムに助けられた白人の女の子にちなむ)も例外に漏れず、ゴフィン&キングの恩恵に浴したシンガーのひとり。彼女にとっての初の全米No.1ヒット(R&Bチャートでは3週間にわたってNo.1)となったこの「The Loco-Motion」は、エヴァの歌声に魅せられたゴフィン&キングが、彼女のために書き下ろした曲だった。以降、「The Loco-Motion」は、エヴァの代名詞的な曲となる。

まずはエヴァの歌声ありき。そして曲が仕上がった。その時点で、まずは楽曲ありき。曲が出来上がった時点で、“the Loco-Motion”なる踊りはまだ考案されていなかったのである。そこでエヴァは考えた。ステージ上やTV番組出演時に棒立ちで歌うのは如何にもつまらない(1960年代初期、ライヴであれ口パクのTV番組であれ、ほとんどの場合がスタンド・マイクだった)。そこで完成したのが、両手の拳を握り、両腕の関節を90度に折り曲げた状態で“舟を漕ぐように”出したり引っ込めたりする、という単純な踊り。が、実際には“舟を漕ぐ”のではなく、“電車ごっこ”をする時のように、蒸気機関車の車輪に装着されてある車軸(鉄道専門用語では「主連棒」と呼ぶそうです)の動きを身振り手振りで真似た恰好が、すなわち“the Loco-Motion”のステップならぬ振り付けである。単純極まりない動きだが、当時のティーネイジャーたちは人種を超えて“the Loco-Motion”に夢中になった。そして家で踊りたいがために、無数の人々がエヴァの「The Loco-Motion」のシングル盤を買ったのである。当時、同シングル盤を持っていた人々は、恐らくレコード盤が擦り切れるほど何度も何度も大音量で流して自宅で踊ったことだろう(嗚呼、羨ましい時代……!)。

過去に複数のアーティストによってカヴァーされてきた「The Loco-Motion」だが、アメリカのロック・バンド、グランド・ファンク・レイルロードのカヴァー・ヴァージョンは、1974年に全米No.1に輝いている(しかもゴールド・ディスク認定!)。本連載第48回で採り上げたショッキング・ブルーの「Venus」(1969)同様、オリジナル・ヴァージョンとカヴァー・ヴァージョンが時を経てNo.1の座を射止めた、極めて珍しい事例のひとつ。また、エヴァのオリジナル・ヴァージョンから約四半世紀を経た1988年には、オーストラリア出身の女性シンガー、カイリー・ミノーグ(Kylie Minogue/1968-)が、前回、本連載で採り上げたリック・アストリーを世に送り出したストック・エイトキン・ウォーターマンのトリオによるプロデュースで「The Loco-Motion」をカヴァーし、これまた全米No.3を記録する大ヒットとなっている(やはりゴールド・ディスク認定)。2012年にも、この曲をカヴァーしたアーティストがいた。エヴァのオリジナル・ヴァージョンから丸50年後にカヴァーしても、この曲に宿る不思議な魔力は全く衰えていなかったのである。恐らく、この先も「The Loco-Motion」は聴き継がれ、歌い継がれ、そして新たなるカヴァー・ヴァージョンが生まれ続けることだろう。

曲の要旨

今じゃみんなが真新しいダンスに夢中よ。さぁ、みんなでその新しいダンス“ロコ・モーション”を踊りましょうよ。アルファベットより簡単な踊りだから、私の妹だってすぐに覚えて私と一緒に踊れるわ。お尻をフリフリして、前へ後ろへとジャンプをくり返すの。そうそう、コツはつかんだみたいね。みんなで輪を作って、一緒にロコ・モーションを踊りましょ。ロコ・モーションを踊っていれば、憂鬱な気分も吹き飛んでしまうこと請け合いよ。

1962年の主な出来事

アメリカ: ケネディ大統領がキューバに対しての全面禁輸方策を敢行。
  マリリン・モンローが変死。
日本: 東京都の人口が1,000万人を突破する。
世界: ソヴィエト連邦がキューバにミサイル基地を設置し、ソ連製の核ミサイルが同国に配備される(いわゆる“キューバ危機”)。
  ビートルズがレコード・デビューを果たす。

1962年の主なヒット曲

The Twist/チャビー・チェッカー
Duke of Earl/ジーン・チャンドラー
I Can’t Stop Loving You/レイ・チャールズ
Breaking Up Is Hard To Do/ニール・セダカ
Sherry/フォー・シーズンズ

The Loco-Motionのキーワード&フレーズ

(a) do the Loco-Motion
(b) give ~ a chance
(c) lose control

1962年の主なヒット曲からも判るように、当時、“踊るための音楽”が大流行していた。1960年代の洋楽ナンバーを訳していると、その時その時に流行したダンスの名称(the Twist,the Jerk,the Monkey,the Go-Go . . . etc.)が歌詞に登場することがたびたびあり、時代背景を知る上での貴重な資料になる。ただし、それぞれの名称に注釈を施さなければならないのが少々煩雑なのだが……。

曲のエピソードでも記したように、曲のタイトルにもなっている“the Loco-Motion”は、まずは楽曲ありき、だった。もしかしたら、まずはタイトルありき、だったのかも知れない。そこで筆者は考えた。“Loco-Motion”とは何ぞや……? “locomotion”(注:ワン・ワード)は「運動、移動、交通手段」という意味の単語であり(語源はラテン語)、“locomotive”は「機関車」という意味の名詞。が、筆者が思うに、“loco”との掛詞にもなっているのでは、と考える。“loco”は、スペイン語で「正気ではない、頭のネジが緩んだ」という意味で、英語でいうところの“crazy”に等しい。また、“loco”は、1990年代半ば頃から、アフリカン・アメリカンの人々、取り分けラップ・ミュージシャンたちの間で“crazy”と同義で用いられるようになり、そのままスラング化した。この曲を日本語に訳すなら、「おかしな(振り付けの)動き、踊り」といったところか。なお、「~のダンスを踊る」と言う際には、ダンスの名称に必ず定冠詞の“the”が付くことをお忘れなきよう。よって、(a)も“do THE Loco-Motion(ロコ・モーションを踊ってみせて)”なのである。ディスコ・ミュージック全盛時代のヴァン・マッコイ(Van McCoy/1940-1979)の一発ヒット「The Hustle」(1975/全米No.1/ゴールド・ディスク認定)でも、“Do THE Hustle!”と歌われていた。その場合、“dance the ~(ダンスの名称)”とは言わない。なぜなら、その名称が、既に「踊り(振り付け、ステップ)」を指しているからである。

“chance”を辞書で調べてみると、イディオムとして必ず載っているのが、“[if節で] give ~ half a chance(~にわずかな機会を与えれば)”。が、洋楽ナンバーの歌詞に頻出するのは(b)の言い回しの方で、「~に(…する)機会を与える」という意味。例えば、次のようなフレーズで使われることが多い。

♪Give love a chance.(怖がらずに、思い切って恋に身を投じてみて)
♪I’ll give our love another chance.(君とヨリを戻そうと思うんだ)

ラヴ・ソングに限らず、洋楽ナンバーでしょっちゅう出くわす言い回しの(c)は、れっきとしたイディオムで、文字通り「制御できなくなる」、転じて「自制心を失う」という意味。ここでは、「肩の力を抜いてロコ・モーションを踊りましょ。ただし、自制心を失ってしまう(=バテバテになって倒れてしまう)のはナシにしてね」と歌われている。1980年代半ば~後期に一世を風靡した“Acid House(クスリでトランス状態に陥りながら踊るダンス・ミュージックの総称)”と較べたら、何とまあ、ロコ・モーションは健全で明るいダンスなんだろう! 筆者は暗い空間でしか踊ったことがないので、1962年当時(ギリギリ筆者が生まれる前!)に若い世代の心を捉えたダンスの振り付けやステップが、一体どういった場所で大流行していたのか、知る由もない。が、ひとつだけ言えるのは、“ダンス”が決して若者たちの不良化につながったわけではない、ということだ。しかしながら、当時は、音楽を大音量で流して踊りに興ずるだけで、不良扱いされたという。にわかには信じ難い話である。青空の下、ビーチでポータブル・プレイヤーに「The Loco-Motion」のシングル盤を載せ、大音量で流しつつ、数人の若者たちが蒸気機関車よろしく列を作って“the Loco-Motion”のダンスを楽しんでいる光景を思い浮かべてみると、微笑ましくこそあれ、決して不快な感じは受けない。

「The Loco-Motion」には、蒸気機関車がついてまわる。例えば、カヴァーしたグランド・ファンク・レイルロードは、ステージ上でこの曲を披露する際、設置した大型スクリーンに蒸気機関車が走行する様子を映し出していたし、カイリー・ミノーグによるカヴァー・ヴァージョンのプロモーション・ヴィデオにも、蒸気機関車のイラストが効果的に登場する。それもこれも、歌詞に登場する♪like a railroad train now…(さぁ、みんなで列車の動きを真似して踊りましょうよ)がヒントになっているからだ(列車の動き=電車ごっこのような身振り手振り)。もちろん、エヴァのオリジナル・シングル盤などにも、必ずと言っていいほど蒸気機関車のイラストが描かれている。そのことを知らなければ、「何故にロコ・モーションに蒸気機関車?」と、訝しく思うことだろう。ダンス・ミュージックだからといって、歌詞を侮ることなかれ。

曲を作ったキャロル・キングは後年、「The Loco-Motion」をカヴァーした。そして今でも、ステージ上でほとんど踊ることなく歌い、サビのコーラス部分をノリノリの観客にマイクを向けて歌わせるのである。当然のことながら、会場は大盛り上がり。既に鬼籍に入っているエヴァにとっても、そしてキャロルにとっても、「The Loco-Motion」は、ダンス・ミュージックを超えた、大切な宝物のような曲であるに違いない。

筆者プロフィール

泉山 真奈美 ( いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。

編集部から

ポピュラー・ミュージック史に残る名曲や、特に日本で人気の高い洋楽ナンバーを毎回1曲ずつ採り上げ、時代背景を探る意味でその曲がヒットした年の主な出来事、その曲以外のヒット曲もあわせて紹介します。アーティスト名は原則的に音楽業界で流通している表記を採りました。煩雑さを避けるためもあって、「ザ・~」も割愛しました。アーティスト名の直後にあるカッコ内には、生没年や活動期間などを示しました。全米もしくは全英チャートでの最高順位、その曲がヒットした年(レコーディングされた年と異なることがあります)も添えました。

曲の誕生には様々なエピソードが潜んでいるものです。それを細かく拾い上げてみました。また、歌詞の要旨もその都度まとめましたので、ご参考になさって下さい。