●歌詞はこちら
https://www.google.com/search?&q=Never+Gonna+Give+You+Up+lyrics
曲のエピソード
今から四半世紀余り前、日本がまだバブル景気の残り火を謳歌していた1980年代半ば過ぎ~後期、あるジャンルのダンス・ミュージックが世界中を席巻していた。名づけて“ユーロ・ビート”。その最大の仕掛人が、音楽プロデューサー・チームのストック・エイトキン・ウォーターマン(Mike Stock,Matt Aitken,Peter Watermanの3人から成る/以下SAW)である。また、彼ら3人は、PWLなるレーベルも経営していた。当時、社会現象までになった大箱ディスコのジュリアナ東京を始めとして、日本のディスコは一部を除いてユーロ・ビート一色だったと言っても過言ではないだろう。あの頃、そうした広い空間のディスコで踊った経験のある人なら、必ずやユーロ・ビートに郷愁を覚えるはず。カイリー・ミノーグ、リック・アストリー、デッド・オア・アライヴ、バナナラマ――今ここに挙げたアーティストたちは、いずれもSAWによってダンス・フロア上で“声の”主役となったのである。
筆者は、取材の仕事以外で大箱のディスコへ行ったことは一度もなかった。踊りに行く先は、R&B/ソウル・ミュージック系のディスコだったから(当時まだ“クラブ”という言い方は一般的ではなかった)。しかしながら、押し寄せてくるユーロ・ビートの巨大な波を目の当たりにした、同現象の生き証人のひとりだと思っている。自分から好んでユーロ・ビートを聴くことはなかったが、たったひとりだけ、“シンガー”として好感を持ったアーティストがいた。それが、今回、採り上げたリック・アストリーくん(当時の癖で今でも“くん付け”で呼んでしまう/苦笑)である。何よりも、歌が抜群に上手い。加えて、ルックスがキュート。そのルックスと声とのアンバランスさに世の人々は驚愕し、“エルヴィス・プレスリーの再来”との声も聞いた。ところが、彼は突然、1993年にミュージック・シーンから姿を消してしまう。自らの意思で、家族(2003年に正式に結婚した妻との間に、1992年に生まれた娘がひとりいる)を養うには、海のものとも山のものとも判らないショウ・ビジネス界に別れを告げて堅気の仕事に就いた方がいい、と考えたからとのこと。引退を決めた時、彼はまだ27歳の若さだった。顔と声ばかりでなく、その考え方もまた、ルックスとはかけ離れている。老成している、とでも言おうか……。
ところが、インターネットの世の中が、世界9か国のチャートでNo.1の座を射止めたこの大ヒット曲(デビュー曲)と、リック自身を再びスポットライトの当たる場所へと引き出した。ご存知の方も多いだろうが、2007年、時ならぬ「Never Gonna Give You Up」の大ブームがインターネット上で起こったのである。きっかけは、本来とは異なる動画(ハッキリ言えばR指定の/苦笑)へと知らず知らずのうちに導かされてしまう、ある種の詐欺行為とも呼ぶべき動画掲示板における“ちょっとしたイタズラ”だった。誰かが、もともと“duckroll”と呼ばれていたアニメ的動画に代わって、この「Never Gonna Give You Up」のPVへのリンク先を貼り付けたのである。同PVを観た当時の若い世代がそれに飛びついた。そこから“duckroll”ならぬ“Rickroll”という造語まで生まれたほどである。以降、このブームは様々なかたちでインターネット上で広がり、曲そのものの神通力も復活して、2012年にはゲーム・ソフトの主題歌として採用されたり、あるいはヴィデオ・ゲームの挿入歌として使われたりした。2000年に音楽活動を再開していたリック自身、「インターネットは、こういうところ(=そのような現象を起こしてしまうところ)が素晴らしい」と語っている。筆者はゲームの類を一切やらないため、その現象については全く知らなかった。
それにしても――若い世代にこの曲が大受けした理由が“ダサいから”というのは、ちょっと悲しい。筆者は今でもこの曲をこよなく愛する者である。曲ができた発端が、当時、リックが身を寄せていたウォーターマンの家で、ウォーターマンが何時間も好きな女性を電話で口説く様子を目の当たりにし、「彼女を諦めちゃダメだよ(You’re never gonna give her up.)」とリックが言ったことだった、というエピソードに、筆者はグッとくる。
曲の要旨
君も僕も、恋愛がどういうものか解ってるよね。僕は、単なる火遊びじゃなくて、真剣に君と(結婚を前提とした)恋愛がしたいんだよ。ここまで君に対して本気度の高い男は他にはいないんじゃないかな。僕はどうしても君に、この熱い胸の内を伝えたい。何としても君にこの気持ちを受け止めて欲しいんだ。僕は決して君を諦めないからね。君を悲しませたり、君を捨てたりするような真似は絶対にしない。絶対に君を傷つけないと約束するよ。
1987年の主な出来事
アメリカ: | 12月8日、レーガン大統領とソヴィエト連邦のゴルバチョフ書記長が中距離核戦力全廃条約に調印。 |
---|---|
日本: | 国鉄が民営化及び分割され、JR(Japan Railways)が誕生する。 |
世界: | スリランカにおいて、タミル人(スリランカやインド南部に住む民族の総称)過激派による爆弾テロが頻発して激化。 |
1987年の主なヒット曲
(I Just) Died In Your Arms/カッティング・クルー
You Keep Me Hangin’ On/キム・ワイルド
I Wanna Dance With Somebody (Who Loves Me)/ホイットニー・ヒューストン
Bad/マイケル・ジャクソン
I Think We’re Alone Now/ティファニー
Never Gonna Give You Upのキーワード&フレーズ
(a) stranger(s) to~
(b) Never Gonna Give You Up
(c) the game
どちらかと言えばユーロ・ビートが苦手な方だった筆者にとって、リック・アストリーくんは特別な存在である。実は、最近、長年にわたって探していた彼のデビュー・アルバム『WHENEVER YOU NEED SOMEBODY』のUS盤LPをようやく入手し、独り悦に入っていたところだった。筆者の家にあったのは、当時、レコード会社から送られてきた日本盤のサンプルCDだけだったからである。しかも、ジャケ写も盤質も状態はVG++(=Very Good++/プラス2個は状態が最高であること)とみた。レコード針を落としてみると――心は一気に1987年当時に飛んで行く。そしてちょっぴりセンチメンタルになる。
1987年のヒット曲を見ても判るように、この1年は、ユーロ・ビートの影響が既存のジャンルにも及び、とにかくダンス・ミュージックが多くリリースされていたと記憶する。と同時に、“踊れること”が大前提であるためか、歌詞の中身が希薄なものが多かったような気もなきにしもあらず。ところが、典型的なユーロ・ビート・サウンドではあるものの、リックの曲はいずれも良く練られており、こと歌詞に関して言えば、決してダンス・フロアでノリノリで聞き流せるものではない、と筆者は個人的に思う。例えば、「Never Gonna Give You Up」に続く大ヒット曲「Together Forever」(全米チャートを始めとして、世界5か国でNo.1/全英チャートでは惜しくもNo.2)にしても、単純なラヴ・ソングかと思いきや、そこに込められた、純粋過ぎるほどの恋する気持ちが切なく、聴くたびに自分の年齢を忘れて、何となく“初恋でも味わってるような感覚”に陥ってしまう(赤面)。筆者と同じ感覚を覚える人は、少なくないのでは……?(特に同世代の人々)
(a)は、「~に対して初心者、~に対して不慣れ」という意味だが、リックは「ふたりとも、恋愛に対して不慣れなわけじゃないよね」と歌っている。少し思い切った意訳をするなら、「ふたりとも、もう子供じゃないよね」といったところか。ちょっぴりエロティックに意訳するなら、「君だってネンネ(←死語か?)じゃないんだから」なんてどうだろう? ここのフレーズがいわんとしているのは、「お互いにもう恋に恋する年齢じゃない」ということ。この曲のレコーディング時、リックはちょうど20歳だった。確かに、もう“子供”じゃない年齢である。
タイトルの(b)は、曲のエピソードの最後に記したように、リックの恩師のひとりであるウォーターマンに向かって彼自身が言った言葉を、ちょっとアレンジしたもの。このフレーズからは主語が抜け落ちているので、以下のように補足してみた。
♪I’m never gonna give you up.
“I’m never gonna ~”で始まるフレーズがサビの部分にある曲で、仮にそこがタイトルに用いられている場合、“I’m”が省略されていることが多い。今、筆者の頭にとっさに思い浮かぶのは、セルジオ・メンデスの「Never Gonna Let You Go」(1983/全米No.4/当時買った日本盤シングルは、今でも大切に保管。そしてたまに聴く)である。このように、“Never gonna ~”で始まるタイトルの曲は、もともとはその頭に“主語+be動詞”が必ず付いている。確かに、“I’m never gonna give you up.”と歌うより、“Never gonna give you up.”の方がメロディに乗っかり易いだろうし、間延びしない分、インパクトもありそう。
(c)は、“game”に定冠詞“the”が付いているところが肝心。しかしながら、“game”だからといって、「火遊び程度の恋愛ゲーム」ではない。一時期、ラップ・ミュージシャンたちが、“game”を“life”と同義で用いることが大流行したことがある。また、“ストリートでの掟”という意味もあり、その他、様々な意味を内包しているのが(c)である(特に定冠詞を伴って用いられる場合)。この曲の歌詞で歌われている(c)は、様々な解釈ができるが、筆者が意訳するなら、「大人の男女の恋愛」であろうか。もちろん、(a)のフレーズを踏まえての意訳である。
最近、本連載第64回にも登場した、筆者の音楽仲間でもある主治医から、この「Never Gonna Give You Up」のUS 12″シングル盤をプレゼントされた(更に「Together Forever」のUS 12″シングルも!)。きっかけは、筆者がリックのデビュー・アルバムをCD-Rに焼き、「何が飛び出すか、聴いてのお楽しみ!」と書いたメモを貼り付けて診察時に渡したものを聴いて、主治医がいたく感銘を受けたことだった(しかーし! 「泉山さんって意外とミーハーなんだね」の言葉は余計だと思うのだが…プンスカ)。当時、医学生だった主治医も、オン・タイムでこの曲を聴き、この曲に合わせてダンス・フロアで踊りまくっていたのだ。LPですらなかなか見つからなかったのに、大好きな曲の12″シングルを一度に2枚も手にできるとは……!
そして今、筆者はアース・ウィンド&ファイアの「Boogie Wonderland」に代わって、「Never Gonna Give You Up」の12″シングルを大音量で流し、日毎夜毎、主治医に指示された食後の“踊り+歌い倒しエクササイズ”にせっせと励んでいる。